「発達障害のある子どもと家族を支援するための地域支援体制づくり ーQ-SACCSを使った『地域診断』マニュアルー」

「地域特性に応じた発達障害児の多領域連携における支援体制整備に向けた研究」(令和3年度厚生労働科学研究費補助金 障害者政策総合研究事業  研究代表者:本田秀夫)にてマニュアルが作成されました。

地域における発達障害児者等の支援体制を分析・点検するための地域評価ツールとして開発された「発達障害の地域支援システムの簡易構造評価(Q-SACCS)」の紹介や使い方の解説、自治体の実践例などが掲載されています。Q-SACCSの記入法や自治体での実践例については、動画でのマニュアルも用意されています。

Q-SACCSを用いることで、発達障害に関わる支援者が自分の地域の支援体制を把握し、連携すべき他職種を確認したり、行政担当者が施策を検討する際の参考にすることもできます。マニュアル(PDF)と動画はこちらの専用ホームページからダウンロードできます。

■専用ホームページ「発達障害のある子どもと家族を支援するための地域支援体制づくり ーQ-SACCSを使った『地域診断』マニュアルー 

 

発達障害者の感覚の問題(国立障害者リハビリテーションセンター研究所)

発達障害者の「感覚の問題」とは?

 発達障害の方の中には、大きな音やまぶしい光、チクチクとした肌触りの布が苦手だったり、騒がしいところでの聞き取りが難しかったりするといった感覚の問題を持つ方が多数いらっしゃいます。発達障害のうち、自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder, ASD)は、社会的なコミュニケーションの問題や行動の反復などが主な障害特性とされていますが、実に60~90%の方が、このような感覚の問題を持っていることが知られています[1; 2]。米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5, 2013)では、診断基準の一つに、感覚の問題が加えられています。

なお、注意欠如多動症(Attention-deficit hyperactivity disorder, ADHD)や学習障害(Learning disorder, LD)などの他の発達障害とASDの間では、診断が重なることもあります。感覚の問題は自閉スペクトラム症以外の発達障害でも生じることが示されています。例えば、自閉スペクトラム症と注意欠如多動症の間で感覚の問題の共通性が見られることが報告されていますし[3]、学習障害のうち難読症の一部の方では、顕著な視覚過敏が合併することが知られています[4]。

 

どんな感覚の問題?

 発達障害の方がもつ感覚の問題の多くは、音(聴覚)の問題です[5]。具体的には、聴覚過敏と呼ばれる苦手な音(環境)の存在が代表的です。例えば、太鼓とか運動会のピストルの音のような突発的な大きな音などに加えて、甲高い叫び声や換気扇の音など特定の音を苦手と感じることが多いようです。さらに、駅の雑踏のように様々な音が耳に入ってしまい集中できない、人の話し声を聞き取るのが難しいといった困りごとがあることも知られています。

感覚の問題は、音の問題だけではありません。例えば、眩しい光が苦手でサングラスが手ばなせなかったり、点滅する光を苦手と感じることもあるようです。たくさんのネオンや看板等で注意が妨げられたりする視覚過敏もあります。さらに、服のタグや特定の素材をチクチクと感じてしまうような触覚過敏も知られています。私ども国立障害者リハビリテーションセンターで実施した感覚の困りごとに関するオンラインアンケートでも、最もつらい感覚の問題として聴覚過敏の問題が上位を占めており、さらに自閉スペクトラム症の方では、触覚過敏の問題も大きいことが示されています[6]。他にも、苦手な臭い(嗅覚過敏)や味の問題(味覚過敏)、身体の問題(固有感覚・前庭覚の問題)など様々な感覚の問題が知られています。

さらに、暑さ寒さを感じにくく、適切な服選びができなかったり、痛みに対する反応が弱く、肌をかきむしってしまったりするといった問題も知られています。これらは、感覚鈍麻といって、むしろ特定の感覚刺激を感じにくいことで生じる感覚の問題の一種です。

 

感覚の問題の評価

 感覚の問題について、例を挙げて紹介しましたが、その現れ方は多種多様で個人差も大きく、人によって出方が大きく異なります。支援を考えるうえでは、適切に評価し、個人の特徴を明らかにすることが重要です。

そこで、感覚の問題を、感覚刺激への感じやすさ(感じにくさ)と、それに対する活動性の大きさ(小ささ)によって評価する試みがあります[7; 8]。感覚刺激を感じやすく、それを避けようとする活動が活発な特徴を「感覚回避」、同じく、感覚刺激を感じやすいけれども、避けようとする活動が低いような特徴を「感覚過敏」と呼びます。例えば、苦手な音を避けるために手で耳を覆うようなしぐさをするのは、感覚回避に相当しますし、いろいろな音が流れている場所では気が散ってしまい集中できなかったり疲れてしまったりする状況は感覚過敏に相当します。広い意味では、これらのように感覚刺激が過剰に感じられてしまう状態を「感覚過敏」と扱います。 

一方、感覚刺激を感じにくい特徴が表れることもあります。感覚刺激を感じにくく、それに対する応答も少ない特徴を「低登録」(感覚鈍麻)、同じく、感覚刺激を感じにくく、それを求めるような活動が盛んな特徴を「感覚探求」と呼びます。例えば、話しかけたり、名前を呼んだりしても、なかなか反応がない状態は低登録(感覚鈍麻)に相当し、食べ物でない物のにおいをかぎ続けたり、特定の音を好んだり、その音を出そうとしたりする行動は感覚探求に相当します。

 このような感覚の問題を評価する質問票のひとつに「感覚プロファイル」があります。「感覚プロファイル」では、感覚刺激に対する感じやすさと、対象者の活動性の高さの2軸により、それぞれ「感覚過敏」、「感覚回避」、「低登録」(感覚鈍麻)、「感覚探求」という区分(図1)に分けて評価します。同じ対象者でも、感覚に応じて、この出方が変化するのが特徴です。これを明らかにすることで、感覚の問題を評価して、支援につなげることができるようになります。

図1 「感覚プロファイル」での感覚の特徴

 

感覚の「問題」だけか

 今回は、発達障害、特に自閉スペクトラム症の方の多くが直面している感覚の問題について紹介しました。日常生活上の問題となることから感覚の問題が注目されていますが、発達障害の方が持つ感覚の特徴はそれだけではないことに注意する必要があります。例えば、ある状況下では、感覚過敏として困りごとになる一方、その感覚特性が、鋭敏さとして特技になり得る状況下も考えられますし、特技でも困りごとでもない中立的な特徴にとどまることもあり得ます。発達障害当事者へのサポートを考えるうえでは、感覚の特徴も踏まえた包括的な理解が重要であるといえ、さらなる研究が必要だと考えています。

 (国立障害者リハビリテーションセンター研究所 脳機能系障害研究部 発達障害研究室長 和田真  [E-mail]wada-makoto@rehab.go.jp) 

   

[1] E.J. Marco, L.B. Hinkley, S.S. Hill, and S.S. Nagarajan, Sensory processing in autism: a review of neurophysiologic findings. Pediatr Res 69 (2011) 48R-54R.

[2] S.D. Tomchek, and W. Dunn, Sensory processing in children with and without autism: a comparative study using the short sensory profile. Am J Occup Ther 61 (2007) 190-200.

[3] T. Itahashi, J. Fujino, T. Sato, H. Ohta, M. Nakamura, N. Kato, R.I. Hashimoto, A. Di Martino, and Y.Y. Aoki, Neural correlates of shared sensory symptoms in autism and attention-deficit/hyperactivity disorder. Brain Commun 2 (2020) fcaa186.

[4] J.D.S. Miyasaka, R.V.G. Vieira, E.S. Novalo-Goto, E. Montagna, and R. Wajnsztejn, Irlen syndrome: systematic review and level of evidence analysis. Arq Neuropsiquiatr 77 (2019) 194-207.

[5] M. Hitoglou, A. Ververi, A. Antoniadis, and D.I. Zafeiriou, Childhood autism and auditory system abnormalities. Pediatr Neurol 42 (2010) 309-14.

[6] 和田真, 発達障害者の感覚の問題に関する調査研究. 国リハニュース 365 (2019) 4-5.

[7] C. Brown, N. Tollefson, W. Dunn, R. Cromwell, and D. Filion, The Adult Sensory Profile: measuring patterns of sensory processing. Am J Occup Ther 55 (2001) 75-82.

[8] W. Dunn, and K. Westman, The sensory profile: the performance of a national sample of children without disabilities. Am J Occup Ther 51 (1997) 25-34.

発達障害者の感覚・知覚の特徴(1)順応やフィルタリングの問題(国立障害者リハビリテーションセンター研究所)

発達障害者の感覚・知覚の特徴について、様々な研究が行われています。様々な研究より、以下の3つの特徴があげられます。

  • 必要のない感覚刺激を無視するのが難しい(順応やフィルタリングの問題)
  • 過去の経験による影響を受けにくい(予測・推定の障害)
  • 感覚刺激同士や空間との結びつけの問題(感覚統合の問題)

このことから、発達障害者の感覚・知覚の特徴のひとつとして「入ってきた感覚情報が、忠実に意識に上りがちである」と言えるのではないかと考えています。それぞれの特徴や対処法について、シリーズでご紹介できればと考えています。

今回は、まず「順応やフィルタリングの問題」について紹介します。

1.順応の問題

自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder, ASD)をはじめとする発達障害の方には、苦手な音があったり、ざわざわした環境で疲れを感じたりといった感覚過敏が多く生じることが知られています。感覚過敏をはじめとする感覚の問題の原因は、完全に解明できているわけではないのですが、「必要のない感覚刺激を無視するのが難しい」といった具合に、感覚信号の調整の問題が関係していると考えられます。

実際、ASD者では、感覚刺激に対する「なれ」が生じにくいことが知られています。例えば、部屋に入ったとき、換気扇の音が気になることがあるかもしれません。しかし、音に対する感覚過敏のない人の場合、やがて全く気にならなくなり、作業や会話に集中できるようになります。触覚や嗅覚も同様で、チクチク感じていた服のタグや、はじめは違和感があった臭いも、やがて「なれ」が生じて、たいていの場合は気にならなくなってしまいます。これを「順応」と呼びます。ところが、順応が起きにくい場合は、これらの刺激を無視することが困難になってしまうと考えられています。つまり、不要な感覚刺激が意識に上ってしまうことで、注意を向けるべき対象に注意が向かなくなったり、疲れを感じるようになったりしてしまうのです。研究において、ASD者では、音に対する順応が生じにくいことや(Gandhi et al., 2021)、嗅覚の順応が遅いことが報告されています(Kumazaki et al., 2019)。さらに、視覚についても、ASD者では、目に光があたってから瞳孔が収縮するまでの時間が、より長いことが知られています(Fan, Miles, Takahashi, & Yao, 2009)。この光に対する反射は、副交感神経と呼ばれる自律神経を介した調整が行われており、瞳孔が大きく開いている間は、より多くの光が網膜に届くことになるので、眩しさにつながると考えられます。

 

2.感覚フィルタリングの問題

多くの感覚情報の中から、特定の感覚信号を取り出すことに関する問題も指摘されています。例えば、ある人と話しているとき、窓の外からは、鳥のさえずりが聞こえてくることがあるし、別の人が別の話をしていることがあるかもしれません。そんなときにも、ある人との会話に集中していれば、多少の雑音は気にならなくなるとされています。ところが、ASD者の多くでは、周囲の音が気になってしまい、会話に集中できず、聞き取りが難しくなってしまうことが多いようです(選択的聴取の困難)。このように聴力に異常がないにも関わらず聞き取りが難しい状態を聴覚情報処理障害(auditory processing disorder, APD)と呼び、発達障害の方で多く見られることが知られています(小渕千絵, 2015)。また、そのようなザワザワとした環境(刺激の多い場所)では、しばしば疲れてしまうことが多いようです。

研究では、音に対する応答の変化を評価します。最初に音を聴かせた後に、次に大きな音を聴かせると、音に対する反応(驚愕反応)が低下するという現象が起こります。この現象をプレパルス抑制(pre-pulse inhibition, PPI)と呼び、感覚調整機能を実験的に評価するときに広く使われています(Swerdlow, Weber, Qu, Light, & Braff, 2008)。統合失調症では、プレパルス抑制が生じにくいなど、様々な精神疾患のバイオマーカー(疾患の有無や、病状の変化などの指標)となりうると考えられているのですが、ASD者では、一定した結果が得られておらず、さらなる研究が必要とされています(高橋秀俊 et al., 2015)。一方、動物を用いた研究では、視覚刺激と聴覚刺激のどちらかに注意を向けさせるような課題において、脳の前の方の領域(前頭前皮質)の神経細胞が、視床網様核という領域に働きかけて、視覚と聴覚のどちらに注目するかの調整を行うことがわかってきました(Nakajima, Schmitt, & Halassa, 2019)。ADHDの特性を持ったマウス(PTCHD1遺伝子欠損マウス)では、この調整がうまくいかないことが報告されており、感覚フィルタリングの問題との関連が注目されます(Nakajima, Schmitt, Feng, & Halassa, 2019)。実際に、ヒトでも同じメカニズムが関係しているかは、さらに研究を進めていく必要がありますが、感覚刺激が無選別に意識に上ってしまうことが感覚の問題に関係していそうです。

 

3.感覚への鋭敏さ

これまで紹介した順応やフィルタリングの問題に加えて、感覚の鋭敏さそのものが感覚過敏につながる可能性もあります。

触覚に関していえば、鋭敏さが感覚過敏につながる証拠がいくつか見つかっています。例えば、どれくらい細かい刺激までわかるかを実験的に調べることができますが、ASD者では、腕に与えられた触覚刺激について、より細かい振動まで検知できることが報告されています(Cascio et al., 2008)。このことは、服のタグなどから加わる触覚刺激に対してより鋭敏なため、「チクチクしている」と感じやすい可能性を示しています。さらに、ASD者の中で感覚過敏が強い人では、指先に与えられた触覚刺激の順番をより正確に区別できることも報告されています(Ide, Yaguchi, Sano, Fukatsu, & Wada, 2019)。したがって、どの程度細かい刺激まで敏感に感じられるかだけではなくて、刺激の時間的変化に鋭敏であることも触覚過敏に関係しているのかもしれません。

 

Cascio, C., McGlone, F., Folger, S., Tannan, V., Baranek, G., Pelphrey, K. A., & Essick, G. (2008). Tactile perception in adults with autism: a multidimensional psychophysical study. J Autism Dev Disord, 38(1), 127-137. doi:10.1007/s10803-007-0370-8

Fan, X., Miles, J. H., Takahashi, N., & Yao, G. (2009). Abnormal transient pupillary light reflex in individuals with autism spectrum disorders. J Autism Dev Disord, 39(11), 1499-1508. doi:10.1007/s10803-009-0767-7

Gandhi, T. K., Tsourides, K., Singhal, N., Cardinaux, A., Jamal, W., Pantazis, D., . . . Sinha, P. (2021). Autonomic and Electrophysiological Evidence for Reduced Auditory Habituation in Autism. J Autism Dev Disord, 51(7), 2218-2228. doi:10.1007/s10803-020-04636-8

Ide, M., Yaguchi, A., Sano, M., Fukatsu, R., & Wada, M. (2019). Higher Tactile Temporal Resolution as a Basis of Hypersensitivity in Individuals with Autism Spectrum Disorder. J Autism Dev Disord, 49(1), 44-53. doi:10.1007/s10803-018-3677-8

Kumazaki, H., Muramatsu, T., Miyao, M., Okada, K. I., Mimura, M., & Kikuchi, M. (2019). Brief Report: Olfactory Adaptation in Children with Autism Spectrum Disorders. J Autism Dev Disord, 49(8), 3462-3469. doi:10.1007/s10803-019-04053-6

Nakajima, M., Schmitt, L. I., Feng, G., & Halassa, M. M. (2019). Combinatorial Targeting of Distributed Forebrain Networks Reverses Noise Hypersensitivity in a Model of Autism Spectrum Disorder. Neuron, 104(3), 488-500 e411. doi:10.1016/j.neuron.2019.09.040

Nakajima, M., Schmitt, L. I., & Halassa, M. M. (2019). Prefrontal Cortex Regulates Sensory Filtering through a Basal Ganglia-to-Thalamus Pathway. Neuron, 103(3), 445-458 e410. doi:10.1016/j.neuron.2019.05.026

Swerdlow, N. R., Weber, M., Qu, Y., Light, G. A., & Braff, D. L. (2008). Realistic expectations of prepulse inhibition in translational models for schizophrenia research. Psychopharmacology (Berl), 199(3), 331-388. doi:10.1007/s00213-008-1072-4

高橋秀俊, 石飛信, 原口英之, 野中俊介, 浅野路子, 小原由香, . . . 神尾陽子. (2015). 自閉症スペクトラム障害児における聴覚性驚愕反射の特性とエンドフェノタイプ候補可能性の検討. 日本生物学的精神医学会誌, 26(2), 103-108.

小渕千絵. (2015). 聴覚情報処理障害(auditory processing disorders, APD)の評価と支援. 音声言語医学, 56, 301-307.

 

国立障害者リハビリテーションセンター研究所

脳機能系障害研究部 発達障害研究室長 和田真(wada-makoto@rehab.go.jp

発達障害者の感覚・知覚の特徴(2)予測・推定の障害(国立障害者リハビリテーションセンター研究所)

 発達障害者の感覚・知覚の特徴について、様々な研究が行われています。様々な研究より、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder, ASD)の方では、感覚・知覚について以下の3つの特徴が知られています。

  • 必要のない感覚刺激を無視するのが難しい(順応やフィルタリングの問題)
  • 過去の経験による影響を受けにくい(予測・推定の障害)
  • 感覚刺激同士や空間との結びつけの問題(感覚統合の問題)

このことから「入ってきた感覚情報が、そのまま意識に上りがちである」と言えるのではないかと考えています。

第2回目の今回は、「予測・推定の障害」について紹介します。

 

1.ASD者での予測の障害

 ASD者では日常生活でも突発的な音や光を苦手と感じると話す方が多く、やってくる刺激の予測がつきにくいことで負担を増している可能性があります。

「空が急に暗くなって雨・風が降り出したときには、雷がなることが多い」といった経験にもとづく予測をすることがあるかもしれません。「ある条件Aが生じた時には、現象Bが生じやすい」といった具合に、条件によって生じる確率が変化することを「条件付確率」と呼びます。日常生活に起こる現象も、条件次第でいろいろなことが起こる確率が変化します。条件によって生じる確率の変化を学習して、行動を変化させるといったことが定型発達者では自動的に行われていると考えらる一方で、ASD者では、「条件付確率」の予測が苦手かもしれない、という仮説が提唱されています(Sinha et al., 2014)。

 ある条件下での感覚信号の予測がうまくできなければ、それに対して強い応答が生じることになりますし(感覚過敏)、ボールの動きの予測ができなければ球技など運動の苦手につながります。さらにことばでコミュニケーションをとったり、計画を立てて行動する上でも、状況下に応じた予測が必要となります。これらの問題についても、「条件付確率」の予測の障害によって説明できるかもしれません。

 

2.感覚信号の処理に事前の経験をあまり使わない傾向

 「行きつけのバッティングセンターのボールは、メガネを外しても打てる」、こんな経験はないでしょうか。日常的に事前の経験を活かして行動することは多いと思いますが、コンピュータでも同様で、例えば、ぼやけた画像を認識するには、事前に蓄積した情報を活用します。このようなときに使われているやり方を「ベイズ推定」といいます。脳で行われている感覚信号の予測や推定でも「ベイズ推定」に近いメカニズムが使われていることがわかってきました(Kording & Wolpert, 2004)。神経を通ってやってくる感覚信号にも様々なノイズが含まれているためです。感覚信号が意識に上る過程(知覚)でベイズ推定が働くと考えると、知覚は、感覚信号(観測値)と事前確率(Prior)のかけ算によって生じることになります(図1)。つまり、実際の感覚信号よりも、経験をもとに形成された事前確率に引きずられるかたちで、意識の上での「知覚」が生じるのです(図1上)。つまり、意識に上った感覚信号は、経験の影響を受けており、「ヒトは経験でモノをみている」といえます。

 ところが、ASD者では、感覚信号を処理するときに、経験で得られた事前の情報をうまく活用できておらず、生のままの感覚刺激に忠実な知覚が意識に上っているのではないかという仮説が提唱されています(図1下)(Pellicano & Burr, 2012)。ディスプレイに表示された視覚刺激の印象を答えてもらう心理実験などでも、ASD者は「ベイズ推定」をあまり行っていない可能性が報告されています(Karaminis et al., 2016)。全てではないものの、いくつかの研究でこの仮説を支持する結果が得られており、感覚過敏・鈍麻を含むASDの障害特性を、予測や推定の障害で説明する試みが行われています(Nagai & Asada, 2015)。

図1 知覚におけるベイズ推定の影響とASD者での特徴

定型発達者において、知覚は、観測値と過去の経験(事前確率)の積によって生じる一方、ASD者では、事前確率(prior)の低形成ないし、分散が大きく(hypo-prior)、感覚入力に忠実な知覚が生じる。

 

3.触覚の判断において事前の経験をあまり使わない傾向

 「感覚信号をどのように感じているか」について私たちが行った研究を紹介します。触覚の判断について、どれくらい事前の経験を活用するかを調べました。その結果、次に紹介するように、自閉傾向が高い人やASD者の多くでは、触覚の判断において事前の経験をあまり活用していないことを見出しました。

 実験課題は次の通りです。短い時間差で左右の手に振動(触覚刺激)を与えて、どちらの手が先に刺激されたかを答えていただきました(触覚順序判断)。「右→左」の順で刺激が来た場合、「右」と答えるのが正解です。このとき、「右→左」順の試行が多く提示されると、「右が先」と答える割合が増加し、反対に「左→右」の順が多い時には、「左が先」と答える割合が増加します(図2)。この現象は、脳の中で「ベイズ推定」が使われていると考えるとうまく説明できることが知られています (Miyazaki, Yamamoto, Uchida, & Kitazawa, 2006)。すなわち、わかりにくい順序の刺激が来たときには、事前の経験を加味した上で、よりもっともらしい(より正解する可能性が高い)知覚が生じるのです。

 今回の実験では、自閉傾向の影響を調べました(Wada et al., 2022)。例えば「右→左」の順が多い実験条件にしたときに、自閉傾向の高い人やASD者の多くでは、定型発達者でみられるような回答の変化が生じにくいことがわかりました(図3)。 つまり、自閉傾向の高い人では、刺激の順序の割合といった事前の情報の影響を受けることなく、触覚信号に忠実な知覚が生じていることが示唆されました。この研究は、ASD者の感覚特性を調べるための基礎的なものですが、感覚や運動の問題に関連した障害特性に対応した支援手法の選択や開発につなげていきたいと考えています。

 

図2 ASDの傾向が低い人でみられる触覚時間順序判断でのベイズ推定

それぞれの条件で得られた応答を、刺激の時間差ごとに集計し、プロットした結果から得られたグラフです(Wada et al., 2022)。図の中の⊿PSSの大きさが、どれくらい事前の経験の影響を受けるかの指標となります。]

 

図3 ASDの傾向が高い人ではベイズ較正がみられない

⊿PSSの大きさが、ベイズ推定がどれくらい行われていたかの指標です。ASDの傾向が高い人(高AQ群・ASD群)では、⊿PSSの大きさが小さく、ベイズ推定があまり行われていない可能性を示しています(Wada et al., 2022)。

 

Karaminis, T., Cicchini, G. M., Neil, L., Cappagli, G., Aagten-Murphy, D., Burr, D., & Pellicano, E. (2016). Central tendency effects in time interval reproduction in autism. Sci Rep, 6, 28570. doi:10.1038/srep28570

Kording, K. P., & Wolpert, D. M. (2004). Bayesian integration in sensorimotor learning. Nature, 427(6971), 244-247. doi:10.1038/nature02169

Miyazaki, M., Yamamoto, S., Uchida, S., & Kitazawa, S. (2006). Bayesian calibration of simultaneity in tactile temporal order judgment. Nat Neurosci, 9(7), 875-877. doi:10.1038/nn1712

Nagai, Y., & Asada, M. (2015). Predictive Learning of Sensorimotor Information as a Key for Cognitive Development. Paper presented at the Proceedings of the IROS 2015 Workshop on

Sensorimotor Contingencies for Robotics.

Pellicano, E., & Burr, D. (2012). When the world becomes ‘too real’: a Bayesian explanation of autistic perception. Trends Cogn Sci, 16(10), 504-510. doi:10.1016/j.tics.2012.08.009

Sinha, P., Kjelgaard, M. M., Gandhi, T. K., Tsourides, K., Cardinaux, A. L., Pantazis, D., . . . Held, R. M. (2014). Autism as a disorder of prediction. Proc Natl Acad Sci U S A, 111(42), 15220-15225. doi:10.1073/pnas.1416797111

Wada, M., Umesawa, Y., Sano, M., Tajima, S., Kumagaya, S., & Miyazaki, M. (2022). Weakened Bayesian Calibration for Tactile Temporal Order Judgment in Individuals with Higher Autistic Traits. J Autism Dev Disord. doi:10.1007/s10803-022-05442-0

 

国立障害者リハビリテーションセンター研究所

脳機能系障害研究部 発達障害研究室長 和田真(wada-makoto@rehab.go.jp

 

発達障害者の感覚・知覚の特徴(3)感覚統合の特徴       

  (国立障害者リハビリテーションセンター研究所)

発達障害者の感覚・知覚の特徴について、様々な研究が行われています。様々な研究より、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder, ASD)の方では、感覚・知覚について以下の3つの特徴が知られています。

1)必要のない感覚刺激を無視するのが難しい(順応やフィルタリングの問題)
2)過去の経験による影響を受けにくい(予測・推定の障害)
3)感覚刺激同士の結びつけや空間の捉え方が特徴的(感覚統合の特徴)

このことから「入ってきた感覚情報が、そのまま意識に上りがちである」と言えるのではないかと考えています。

第3回目の今回は、「感覚統合の特徴」について紹介します。

 

1.感覚統合とは

見る(視覚)、聞く(聴覚)、触れる(触覚)・・・様々な感覚情報がやってきて、脳の中で「統合」され、それが何であるか「認知」することができます。例えば、縁側で白いネコを撫でている様子を想像してみてください。「ゆっくりとしっぽを動かす白いネコ」といった視覚情報は、目から視神経を通って脳の後ろの方(後頭葉)に入ってきて、色・形の情報と動きの情報にそれぞれ分かれて検出されます。一方、「喉をゴロゴロと鳴らす」様子は、耳から伝えられる聴覚情報として、脳の側面(側頭葉)に入ってきますし、「ふわふわとした毛並み」は、手からの触覚情報として、頭頂に近い領域(頭頂葉)に入ってきます。つまり、同時に同じ方向からやってきた視覚・聴覚・触覚の感覚情報は、脳の異なる領域で、別々に処理されて意識に上り(知覚)、統合されることで(「感覚統合」)、対象が「ネコ」であると「認知」されるのです。それぞれの領域で感覚情報が処理された後、「連合野」と呼ばれる場所で「感覚統合」が行われていると考えられています。その過程では、ネコが縁側のどこに座っていて、自分からみてどちらの側にいるか、といった位置関係(空間情報)も、紐付けられています。だから、ネコの方に向かって声をかけたり、手を伸ばして、そのネコを抱き上げたりすることができるのです。

 

2.感覚統合の幅とASD者での特徴

感覚統合が行われるときには、どの程度の時間幅までを同時と捉えるか、そしてどの程度の範囲の空間を対象と捉えるかといったことが重要になってきます。例えば、「喉をゴロゴロと鳴らす」音が喉の動きと大きくずれていたり、ネコがいる方向とは異なる方向からやってきていたりすれば違和感を感じます。しかし、音声と映像が多少ずれていても、一定程度(0.1秒程度)の範囲内であれば違和感を感じなくなることが知られていますし(ラグアダプテーション) (Fujisaki et al., 2004; Vroomen et al., 2004)、音源と対象が空間的に多少ずれていても、同期さえ取れていれば違和感を感じにくいこともあります(腹話術効果)(Spence and Squire, 2003)。このように感覚統合には一定の自由度があるのが特徴です。

これに対して、ASD者では、感覚統合の起こり方が、定型発達者のそれとは、少し異なっていることが知られています。例えば、定型発達者の多くは、フラッシュが1回光ったときに、ほぼ同時にクリック音が2回聞こえると、「フラッシュも2回だった」と錯覚します(ダブルフラッシュ錯覚。錯覚を生じさせるのに理想的な条件で刺激したときには、定型発達者に比べるとASD者では錯覚が生じにくいことが報告されています(Stevenson et al., 2014)。この錯覚を生じさせるには、音と光のずれは、0.1秒程度に収まっていないと、この錯覚が生じにくいことがわかっているのですが、実は、ASD者では、0.2〜0.3秒のずれがあってもこの錯覚を感じることが知られています(Foss-Feig et al., 2010)。つまり、ASD者では、同時に提示された視覚と聴覚の相互作用が生じにくいことを示す一方、定型発達者では錯覚が生じにくくなるような時間的にずれの生じていても、ある程度の相互作用が生じてしまうことを示しています。異種感覚の時間的な統合がゆるく広がっているようにみえる特徴は、広く観察されており、日常的にいわれる読唇の難しさなどと関連しているものと考えられます。

 

3.感覚情報の空間との紐付けと身体の捉え方の特徴

縁側のネコを例に、感覚統合の過程で、感覚情報と空間の紐付けが行われることを紹介しました。自分の身体も空間の中で紐付けられています。

これまでの研究から、触覚は、空間に紐付けられた後に意識に上ると考えられています。例えば、左右の手に軽い振動のような触覚刺激を連続して与えて、「どちらが先に刺激されたのか」を判断してもらう実験課題(時間順序判断)では、腕を交差すると、目を閉じていても逆の順序を答えてしまう傾向が生じることが知られています(Yamamoto and Kitazawa, 2001)。このことは、触覚刺激が「右手→左手の順で来た!」と感じているというより、「右(空間)→左(空間)の順で来た!」と感じていることを示しています。つまり、触覚は、空間に紐付けられた上で意識に上っているのです。以前、私達が行った研究から、ASD児では、腕を交差しても、触覚刺激の順序を間違えにくいことがわかりました(Wada et al., 2014)。すなわち、ASD児では、「右手は右手、左手は左手」という皮膚上の手がかりを用いた判断を行っていると考えられるのです。なお、視覚障害者の中で先天盲の方は、同様のタスクで、腕交差の影響を受けにくいことが知られています(Roder et al., 2004)。すなわち、発達過程で、触覚情報と視空間の結びつきが生じると考えられるのですが、視覚情報にふれることのない先天盲の方も、皮膚上の手がかりを用いた判断を行っていると考えられるのです。

さて、ASD成人では、定型発達者の成人と変わらない結果となるという海外の研究もあり(Hense et al., 2019)、この違いは、発達過程で見られるものなのか、あるいは個人差を反映しているものなのかについて今後の検討が必要だと考えています。

感覚統合の結果生じる身体に関する錯覚でも、ASD者での違いが報告されています。「ラバーハンド錯覚」と呼ばれる実験課題では、実験参加者の手とゴムの手(ラバーハンド)を並べて、筆で同期してなでることを繰り返します。このとき、実験参加者の手は、衝立で隠された状態になっていて、参加者には、筆で撫でられているゴムの手を見ていてもらいます。参加者の手とゴムの手が同期してなで続けられていると、やがてゴムの手の上で触覚が生じているように感じられ、ゴムの手が自分の手のように感じられるようになる・・・これがラバーハンド錯覚です(Botvinick and Cohen, 1998)。この錯覚を生じさせるには、参加者の手に与えられた触覚刺激とゴムの手を撫でる様子(視覚刺激)が同期していることが重要です。本来なら、触覚刺激は「手の位置はここ!」(固有感覚)と紐付けられて知覚されているのですが、   触覚刺激と視覚刺激が同期して来ることによって、視覚刺激の位置に触覚が移動して知覚されるという「感覚統合(による錯覚)」が生じるのです(図1左)。自閉傾向が高い人ではこの錯覚を感じにくいことや(Ide and Wada, 2017)、ASD者ではこの錯覚を感じるようになるまで時間がかかったり、応答が非定型的であったりすることが報告されています(Cascio et al., 2012; Paton et al., 2012)。ASD者では、普段から存在する触覚と手の位置の情報(固有感覚)の結びつきが分かちがたく、視覚と触覚の感覚統合よりも優先されることで、触覚を身体の外で感じるような錯覚が生じにくいことが示唆されているのです(図1右)。

紹介した2つの実験からは、ASD者が自分の体の位置の情報(固有感覚)を重視する感覚処理が行われていることが示されています。一方、ラバーハンド錯覚は、箸などの道具が自分の手の一部に感じられるような感覚(道具の身体化)と関連していると考えられています。ASD者の一部では、箸を使うのが苦手であったり、字がきれいに書けない、といった道具に関する困りごとがあることが知られています。例えば、当事者の方から「耳に指を入れるのは平気だが、耳かき棒を使うのは、先端がどこにあるのかわからないので、とても怖い」というお話を伺ったこともあります。身体動作の認知と実行の障害はASDに特有のものではないかと示唆されているように(MacNeil and Mostofsky, 2012)、「道具使用の苦手感」と道具の身体化の不全が関連しているのではないかと推測しています。

 

定型発達者(自閉傾向・低)では、視覚刺激(動く筆)と触覚刺激(筆による刺激)が同期して繰り返し与えられることにより、感覚統合が生じ、触覚刺激が身体外に出て、視覚刺激の位置で生じたように感じられるようになります。その結果、ラバーハンドが自身の手になったかのような錯覚が生じるわけです。一方、自閉傾向の高い人では、触覚と固有覚(手の位置の感覚)の結びつきが強く、触覚が身体の外に移動しづらい可能性が考えられています。

 

Botvinick, M., and Cohen, J. (1998). Rubber hands ‘feel’ touch that eyes see. Nature 391(6669), 756. doi: 10.1038/35784.

Cascio, C.J., Foss-Feig, J.H., Burnette, C.P., Heacock, J.L., and Cosby, A.A. (2012). The rubber hand illusion in children with autism spectrum disorders: delayed influence of combined tactile and visual input on proprioception. Autism 16(4), 406-419. doi: 10.1177/1362361311430404.

Foss-Feig, J.H., Kwakye, L.D., Cascio, C.J., Burnette, C.P., Kadivar, H., Stone, W.L., et al. (2010). An extended multisensory temporal binding window in autism spectrum disorders. Exp Brain Res 203(2), 381-389. doi: 10.1007/s00221-010-2240-4.

Fujisaki, W., Shimojo, S., Kashino, M., and Nishida, S. (2004). Recalibration of audiovisual simultaneity. Nat Neurosci 7(7), 773-778. doi: 10.1038/nn1268.

Hense, M., Badde, S., Kohne, S., Dziobek, I., and Roder, B. (2019). Visual and Proprioceptive Influences on Tactile Spatial Processing in Adults with Autism Spectrum Disorders. Autism Res 12(12), 1745-1757. doi: 10.1002/aur.2202.

Ide, M., and Wada, M. (2017). Salivary Oxytocin Concentration Associates with the Subjective Feeling of Body Ownership during the Rubber Hand Illusion. Front Hum Neurosci 11, 166. doi: 10.3389/fnhum.2017.00166.

MacNeil, L.K., and Mostofsky, S.H. (2012). Specificity of dyspraxia in children with autism. Neuropsychology 26(2), 165-171. doi: 10.1037/a0026955.

Paton, B., Hohwy, J., and Enticott, P.G. (2012). The rubber hand illusion reveals proprioceptive and sensorimotor differences in autism spectrum disorders. J Autism Dev Disord 42(9), 1870-1883. doi: 10.1007/s10803-011-1430-7.

Roder, B., Rosler, F., and Spence, C. (2004). Early vision impairs tactile perception in the blind. Curr Biol 14(2), 121-124.

Spence, C., and Squire, S. (2003). Multisensory integration: maintaining the perception of synchrony. Curr Biol 13(13), R519-521. doi: 10.1016/s0960-9822(03)00445-7.

Stevenson, R.A., Siemann, J.K., Woynaroski, T.G., Schneider, B.C., Eberly, H.E., Camarata, S.M., et al. (2014). Evidence for diminished multisensory integration in autism spectrum disorders. J Autism Dev Disord 44(12), 3161-3167. doi: 10.1007/s10803-014-2179-6.

Vroomen, J., Keetels, M., de Gelder, B., and Bertelson, P. (2004). Recalibration of temporal order perception by exposure to audio-visual asynchrony. Brain Res Cogn Brain Res 22(1), 32-35. doi: 10.1016/j.cogbrainres.2004.07.003.

Wada, M., Suzuki, M., Takaki, A., Miyao, M., Spence, C., and Kansaku, K. (2014). Spatio-temporal processing of tactile stimuli in autistic children. Sci Rep 4, 5985. doi: 10.1038/srep05985.

Yamamoto, S., and Kitazawa, S. (2001). Reversal of subjective temporal order due to arm crossing. Nat Neurosci 4(7), 759-765. doi: 10.1038/89559 89559 [pii].

 

 

国立障害者リハビリテーションセンター研究所

脳機能系障害研究部 発達障害研究室長 和田真(wada-makoto@rehab.go.jp)

シンポジウム「自閉スペクトラム症(ASD)における⾔語と共感」

【趣旨】本シンポジウムでは、⾔語学、⼼理学、医学、神経科学等の多様な分野の研究者が、ASDの⾔語使⽤、社会情緒的機能、知覚等の特徴に関する実証的知⾒について様々な話題を提供した上で、ASDの臨床専⾨家や当事者の⽅々の談話を聴きます。それらを通して、多様で混沌とした現代社会における理想的なコミュニケーションのあり⽅を考える機会とします。

【日時】2022年8⽉11⽇(⽊・祝)-12⽇(⾦) 2⽇間開催

【開催形態】ハイブリッド東北⼤学×Zoom(状況が悪ければZoomのみに切り替え)

【場所】東北⼤学⽚平キャンパスさくらホール

【参加費】無料

主催:科研費「⽂末助詞の階層における情動計算不全としての⾃閉症の⾔語障害」

  研究代表者・幕内 充(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 脳機能系障害研究部 高次脳機能障害研究室)

共催:科研費 「OS⾔語からみた「⾔語の語順」と「思考の順序」に関するフィールド認知脳科学的研究」

  研究代表者・⼩泉 政利(東北大学⽂学研究科)

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聴覚障害と自閉スペクトラム症の関係ー語用論の視点からー 【前編】

自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder, ASD)をもつ人のなかには、ことばは話せるが、それを用いた対人関係が苦手と感じている方がいます。また、自閉スペクトラム症児者にとって、皮肉を理解することが困難であることや、発音は同じで意味が違う単語(同音異義語)の理解が苦手であることなども知られています。このような対人関係に用いることばの運用のことを「語用論(pragmatics)」と呼びます。1980年代になり、対人関係に用いることばの運用、つまり語用論の視点から本格的に自閉スペクトラム症児者の語用論の研究が始まりました。今では高い言語力を持つにも関わらず、会話の理解に必要な文脈をうまく使うことができず、コミュニケーションに困難を抱える自閉スペクトラム症の方も少なくないことも知られるようになりました。(Happé 1997; Jolliffe & Baron-Cohen 1999,2000)

自閉スペクトラム症は、社会的相互作用の質的障害、コミュニケーションの質的障害、興味の限局と反復的行動により特徴づけられる発達障害として知られています。三つ組みのはじめの二つが相互に関連することがわかり、DSM-5において社会的・語用論的コミュニケーション障害とまとめられました。

語用論の障害は、聴覚障害者においても見られ、自閉スペクトラム症児と聴覚障害児における問題点を比較すると、言語発達と社会的相互作用の問題を整理することができます。そこで本稿では、聴覚障害者の社会性・語用論について、自閉スペクトラム症と比較しながら紹介していきます。この比較から、ASDの社会的・語用論的コミュニケーション障害の要因の推定や支援方略決定にも貢献できると考えています。

 

1.語用論ってなんだろう

 

定型発達者の会話では、ことばをただ論理的に並べて使っているわけではありません。

 

(1)A「明日、映画に行かない?」

   B「あ〜明後日テストなの」

 

この会話では、AがBを明日映画に誘っていますが、Bは明日行けるかどうかについて答える代わりに、急に明後日の予定を伝えます。この会話ではAが断られていることが、多くの人には明白です。なぜでしょうか。

実際には、Bはことばに出して明日の予定について述べていません。多くの人がBの断りの意図が理解できるのは、「テストの前日には勉強をしなければならない」という共通の知識を持っているからです。Bは、「明後日テストだ」と伝えることで、Aが、「Bにとって明後日がテストならば、明日は家で勉強しなければならない。だから明日は行けない」と推論できることを見越して、「明日は行けない」ことを伝えているのです。

発言の意図を、字義通りの意味から、共有している知識を参照しながら解釈できるのが、定型発達者の語用論的な能力です。私たちの会話は、常に説明不足でことば足らずです。この会話が、以下のようだったらどうでしょうか。

 

(2)A「明日、映画に行かない?」

   B’「いいえ、明日は行きません」

 

情報を過不足なく相手が間違えないように伝えなければならないと考えれば、(2)のB’の方が「正しく伝わる」回答です。(1)が「正しく伝わる」点で劣っているのは、AがBの意図通りに推論してくれないことがあるからです。Aは「明後日がテストなら、明後日は行けないが、明日は時間がある。つまり映画に行ける」と推論するかもしれません。そうであるにも関わらず、(2)のような会話より(1)のほうが自然なのは、私たちの言語コミュニケーションが、情報を正しく伝えるだけのシステムではないからです。

多少誤解される可能性があっても、(1)を使い、誤解があっても、(3)のように会話を進める中で正しい相互理解に持って行くことができます。

 

(3)A「明日、映画に行かない?」

   B「あ〜明後日テストなの」

   A「お、じゃあ明日はテストないんだ」

   B「明後日のテストの勉強まだ終わってなくて……ごめん」

   A「じゃあテスト終わってから」

 

Bはここでも「行けない」とはことばに出さず、理由だけ述べて、かつ謝罪しています。はっきり「明日は行けない」と言うと、相手の提案を断ることになり、明示的な断りは、相手の気持ちへの負担が大きい(メンツを傷つけられた)と考えられます。このように相手の心情への配慮をしながら、正しい相互理解へ至るというコミュニケーションを、私たちは日常的に行っています。

ことばを用いた日常の意思疎通がうまくいくための条件は、

 

 a.相手の発話の意図を推論することができる
 b. 相手の発話の意図を推論するための前提を共有している
 c. 発話者と聞き手の間では、前提が共有され、お互いの発話の意図を相手が推論する

 

ということになります。このように、論理的には飛躍していても、相手との共有知識と意図推論能力のおかげで意思伝達が可能になるしくみを研究する分野が「語用論」です。

 

語用論の障害と心の理論

定型発達者の視点からみると、「語用論の障害」のあるASD者は、相手の発話の意図を推論する力が弱い(aの障害)と考えられています。この意図を推論する力の基礎となるもののひとつが「心の理論」と呼ばれるものです(Baron-Cohen, Leslie & Frith 1985)。

「心の理論」とは、他者と自分に「心」があり、その状態が異なると認識すること、それを基本に他者の心を類推し、それに基づく行動を予測、理解、説明を行う能力のことです。例えば、幼い子どもは、親が見ていないところで起きたことも、知っていて当然かのように話すことがあります。しかし、成長するに従って、自分と他者で異なる心の状態(経験)があることを整理できるようになります。心の理論の発達を測るのにサリーアン課題などの誤信念課題があります。定型発達児では4〜6歳で「自分の知っていることを他者が知らない」(誤信念)ということが理解できるようになります。

ASD児では、ことばが話せる子でも、この誤信念課題の正答率が定型発達児より低く、自分の知っていることと他者が知らないことの切り分けが難しいようです。ただし、言語能力が上がってくると、正答できるようになります。同じ言語能力であっても定型発達の子どものほうが、先に誤信念課題の正答を選べるようになるようです(Happé 1995)。つまり、この差分から、ASDはことばに依存して誤信念課題を解くが、定型発達児はことば以外の認知能力も動員して誤信念課題に正答していると考えられます。定型発達児は他者の行動の目的を予測し、それと外れるとびっくりするなどの行動が、1歳頃にはすでに観察されます。

定型発達児では、他者の心と自分の心を分けて考え、相手の状態を推測しながらことばを解釈するので、一足飛びの会話についてこれられるようになります。また、相手の状態を推測する心のはたらきを使って、言われたことばと意味を上手に対応させてことばを覚えていきます。しかし、ASD児では、このメカニズムがうまくはたらかないので、支援者は、一足飛びの会話をしないようにしています。遠回しの言い方を避け、意図が明らかな表現を選んで、ASD児の言語発達を促すことが一定の支持を受けています。もともと、定型発達児とASD児では、言語発達の道筋が異なっているのかもしれません。隠喩などの字義通りでない意味のことばの使い方は、文脈などによって理解することになりますが、語彙や文法のスコアを揃えても、なおASD児には難しいこともわかっています(Norbury 2005)。

 …【中編】へ続く…

(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 高次脳機能障害研究室 流動研究員 高嶋 由布子 takashima-yufuko@rehab.go.jp )

 

聴覚障害と自閉スペクトラム症の関係ー語用論の視点からー 【中編】

2.非定型な話者の語用論とフォリナートーク

 

聴覚障害の言語習得と語用論

聴覚障害者も語用論に難しさがあると言われることがあります。ASD者での語用論の問題と何が違って何が共通しているのでしょうか。2010年頃の先天的重度聴覚障害児を対象とした全国的な大規模調査(感覚器障害戦略研究 平成19~24年)でも、心の理論課題の得点は、定型発達より低いことが示されました。一次誤信念課題は、定型発達児では4〜6歳で正答するのですが、聴覚障害児群では10歳で6割程度の正答率でした(Fujino et al. 2017)。

しかし、このことから、聴覚障害者にも社会性認知の障害があると短絡的に結びつけることはできません。まず、聴覚障害児群では、課題の実施言語が問題になります。聴覚障害児の言語発達は、定型発達のプロセスとは異なります(Marschark & Knoors 2012 for review)。手話を第一言語にし、日本語が第二言語の人もいます。「課題の指示が聞こえず正確にわからない」、「指示はわかっても第二言語だから頭の中で整理するのが難しい」など、ターゲットとしている「他者と自分の心の状態を切り離せるか」以前の部分でつまずいている可能性があります。

「語用論」は、前編(1)のような会話(A「明日、映画に行かない?」B「あー、明後日テストなの」)に対応できることだと説明しました。一次誤信念課題のような心の理論に関する実験で測られているのは、自分の心の状態を離れて、相手の発話の意図を読み取れるか、と関連する能力です。相手の意図を読み取るためには、以下の3つが必要でした。

 

 a.相手の発話の意図を推論することができる
 b. 相手の発話の意図を推論するための前提を共有している
 c. 発話者と聞き手の間では、前提が共有され、お互いの発話の意図を相手が推論する

 

a.は「心の理論」課題に関する能力ですが、b.の前提知識は文化依存的です。テストの前に勉強が必要という文化がそのコミュニティになければ、「明後日テストなの」を断りの文句として選ぶことはありません。

聴覚障害がある場合、他者の意図を読む能力の前に、b.の前提となる共有知識が不足しがちです。これは、周囲の同級生や大人の会話をそばで聞く経験(側聞)が乏しいことが原因と考えられます。定型発達者は「門前の小僧習わぬ経を読む」のように、周囲の人が自分に向かって教えたこと以外のことも学んでいきます。門前の小僧は、語の使い方や文法から、大人同士の、歯にものが挟まったような、わかりにくい会話などを見聞きして、語や文法だけでなく、会話のルールを身につけていきます。聴覚障害児のこうした無意識の学習の不足を補うために、言語聴覚士(ST)による言語訓練が行われ、家庭でもさまざまな文脈に埋め込まれた言語学習を行うためのノウハウが共有されます。しかし、そのようにしても、無意識の学習と、意識的にインプットするものでは、量も質も異なります。

また、補聴技術が進んでいても、聞こえは異なります。文法要素を示す機能語は、定型発達児では5,6歳ごろまでには殆どが身につくのに対し、聴覚障害児の文法習得は現在まで、小学校の期間を通して明示的に取り組むべき課題となっています。文構造を示す格助詞(が、を、に、で)や、ニュアンスを変える文末助詞(ね、よ、な)などは、省略されることもあり、音量も小さく発音されるので、聞き取りにくいのです。それで、普段とは逆の事態を表す文、例えば「ネズミがネコを噛んだ」、の意味を文法に沿って解釈せず、内容語(ネズミ、ネコ、噛んだ)から推察されるもっともよく起きそうな意味(ネズミをネコが噛んだ)で解釈してしまうといったことが起こります。

ASD者でも、定型発達者とは知覚が異なるために、細かいところが「聞こえていない」ことや、注目して処理できていないことがあり得ます。ASD児の支援者もまた、ASD児にわかりやすい意識的なインプットを行っています。こうした面で、聴覚障害児とASD児の言語発達の難しさは似た側面があると考えられます。

 

「フォリナートーク」―語用論的調整能力

非典型的な話者への支援者は、発声法だけでなく、何をどのように話すかも意図明示的で直接的にするなど、相手に合わせて伝わりやすくする工夫をしています。これは支援技術として身につけるものですが、もともと人間が持つ語用論的調整能力に支えられています。

第一言語話者が、第二言語学習者に対して話すときに、自然と簡単な話し方になるのは「フォリナートーク(foreigner talk)」としてよく知られています(Ferguson 1968)。例えば日本人が、日本語の発音が典型的でない、「外国人」に出会ったとき、大きな声でゆっくりはっきりしゃべりながら、大ぶりなジェスチャーをつけるような話し方をするでしょう。相手に自分のことばがうまく通じないとわかると、より直接的で簡単と思われる短い表現で、要件のみを伝えます。フォリナートークだけでなく、こうした言葉遣いは相手との相互作用によって選ばれます。相手が子どもなら簡単な言い方を選ぶし、目上の人なら敬語を使います。相手が言語の受信に困難がありそうなら簡単にするという調整も、我々は自然に行っています。このような調整された日本語を日本に住む外国人のために使おうという動きが「やさしい日本語」と呼ばれていたりします。

聴覚障害者やASD者に対しても、職場などでその人を知る周囲の人が、「この人は話が通じにくいな」「直接的に言わないと言ったことが通じないな」と認識していると、話しかけ方が調整されます。身近な人が調整していても、外部の人に不意打ちで遠回しな言い方をされると、意図を捉え間違ってコミュニケーション不全に陥ってしまうことになります。

 

3. 手話の語用論

ASD者や難聴者に対して、支援者が話し方を調整することは、どのような影響を及ぼすのでしょうか。聴覚障害者のコミュニティには手話言語が生まれ、そのコミュニティ内の語用論的な特徴は、周囲を取り巻く音声言語のそれと異なります。

先天的な聴覚障害者のうち、親も手話をつかう聞こえない人の場合、手話を母語として身につけます。親子ともろうの家庭だけでなく、聴覚特別支援学校(聾学校)でも、寄宿舎などで手話が継承されてきました。手話を第一言語にする人たちのことを「ろう者」と呼びます。彼らが第一言語とする手話言語は、日本語とは異なる構造を持つ独自の言語で、聾学校という聞こえない子どもを集める教育システムによって発生したものと考えられています(高嶋 2020)。ろう者には、この手話言語とそれに基づく「ろう文化」を共有するコミュニティがあります。このコミュニティ内で、ろう者はストレートにものを言うといわれています。この理由には、(1)コミュニティが狭いから、(2)非典型的な話者が多いから、(3)支援者がストレートに話してきたから、が考えられます。

ろう文化でストレートにものをいう例として、友達の赤ちゃんを見に行ったとき、ろう者は、「猿みたい」、「親のおまえにそっくりでかわいそう」など、聴者が聞いたら失礼であろうことも言うそうです。ろう者の米内山明宏の手話教材のDVDでこの話を見てショックを受けた後、私自身は、様々なろう者に確認し、とくに年配の人はこのようなことを言ったり言われたりしても、それが別段失礼でないという証言を得てきました。

この話をある語用論の研究会でしたら、「親戚のおじさんみたいだね」といわれました。つまりこれは(1)の理由「コミュニティが狭いから」かもしれません。定型発達者のコミュニティでは、友達や職場の同僚の距離感で、直接的な見た目についての評価を言われることはほとんどありません。一方で、親戚に「太ったか?」「髪切りすぎじゃない?」などと言われることはままあります。ろう者の赤ちゃんに対する直接的な評価は、親戚のそれに似ています。あなたの周りにもいませんか? 実際には言われた方はむっとすることもありますが、彼らは親しみを込めて、場を和ますためにそのようなことを言っているようです。

ろうコミュニティは聴覚特別支援学校(聾学校)をベースにします。特別支援学校では、クラス定員が8名で、県下に1〜2校しかなく、1学年10人足らずで幼稚部から高校部まで一緒のクラス、また寄宿舎で起きている時間ずっと共に生活することさえあり、人と人の距離が近いです。こうしたコミュニティでは、相手との距離感が親戚のおじさんくらいでも不思議ではありません。

昨今、若いろう者の中には「娘さん、あなたの眉毛と同じ形だね」のように見た目についての事実を指摘することはあっても、「かわいそう」とネガティブな価値判断を添えることはマナー違反と感じる人も増えていることが挙げられます。これは、通信が発達し、大学に進学する聴覚障害者が増えて、様々な地域から集まる広いコミュニティでの交流が増えたからかもしれません。

次に、(2)の非典型的な話者が多いから、直接的な言い方が好まれることついて考えてみましょう。典型的な環境にある聞こえる子どもは、大人同士の日本語の会話、教師や保育士などによるさまざまな大人の日本語、テレビで見る子ども向け番組、ニュースやドラマの日本語など、様々な言語使用に触れながら育ちます。ろう・難聴児はこれに対し、音声日本語に囲まれていても、それらを聞きとれることは少なく、自分に向けて意図的に発せられたものを元に音声言語の習得をします。また、手話話者でも、親もろう者(手話話者)であるネイティブの話者(ネイティブサイナー)は1割以下です。残りの9割以上は、音声言語の訓練を受け、手話に出会うのは特別支援学校に幼稚部や小学部で入ったとき、大学進学、青年期以降など、さまざまです。日本手話のネイティブサイナーの調査で、遠回しな言い方を含む丁寧な言い方は十分に複雑なバリエーション(ポライトネス)があることがわかっており(吉岡2013)、直接的な話し方でないと理解できないわけではありません。しかし、手話コミュニティは非典型的言語発達経路を経た話者が多いコミュニティであるために、直接的に言わないと話が通じにくい人も多いかもしれません。

最後に、支援者の影響を考えましょう。基本的に、ろう・難聴児への支援は日本語で行われており、手話への影響は、言語転移になります。

つまり、日本語の意味に沿って手話を使うので、手話に日本語に似た意味や文法の体系が見られるとしたらそれは支援者の日本語に沿った手話使用の影響でしょう。ただ、子どもたちの集団が独立して言語文化を構築したと考えられていますので、現在まで支援者の影響はあまり考慮されてきていません。支援者は子どもにわかるように直接的な話し方をする大人で、直接的な話し方をするろう文化に影響を与えたかもしれません。そうであっても、支援者は、学校から就労への移行期には子どもたちのコミュニケーション能力が高まる毎に、複雑なマナーについて教えていく必要があります。ただ、その複雑なコミュニケーションを習得する段階に至らずに成人を迎えた人が多いために前田(2021)は、聴覚障害者の就労支援において、日本語のビジネスマナーでのづまずきが多く見られるため、言葉遣いなどを具体的に教えていると報告しています。

このように、手話の語用論は、(1)コミュニティの大きさ、(2)相手が非典型的な話者、(3)支援者の話し方、それぞれに影響されている様子がうかがえます。そして、相手と共有している前提や文化が異なれば、文化間の摩擦が起こります。相手の文化や言語、相手の持つコミュニケーションスタイルに合わせていくことが必要な場面があります。

ろう者コミュニティは手話という言語によって文化的集団を形成し、その内部での文化的コードを形成しています。発達障害者の場合もASD者が好むコミュニケーションスタイルが有るという研究もあります((Ochs & Solomon, 2010)。当事者研究やニューロダイバーシティの人たちの話から考えると、成人の当事者会には独特なコミュニケーションスタイルがあるようで、こうしたコミュニティが特有のコミュニケーションスタイルを生み出していると考えられます。さらに個々人が支援者や周囲の人々との相互作用によって、通じやすい語用論的特徴を身につけてきているのかもしれません。

支援者はこれに柔軟に対応する必要がありますし、障害者との共生をめざすインクルーシブ社会では、この違いを理解して、相互に調整し合う姿勢が求められると考えています。

 …【後編】へ続く…

(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 高次脳機能障害研究室 流動研究員 高嶋 由布子 takashima-yufuko@rehab.go.jp )

聴覚障害と自閉スペクトラム症の関係ー語用論の視点からー 【後編】

4.発達障害への示唆

 

語用論的な発達

語用論的な能力の発達プロセスは、言語発達との相互作用で捉えられてきました。ASD児の子の心の理論課題の成績は言語指標との相関が報告されています。また、聴覚障害児の心の理論の発達においては、とくに他者とのやりとりの経験が重要であることが示唆されています。

アメリカの大規模調査で、Schick et al.(2007)は、ろう児を、アメリカ手話で育つネイティブサイナー児と、非ネイティブサイナー児、口話で育つろう児にわけて、一次誤信念課題を調べています。その結果、親がろう者のネイティブサイナー児は聞こえる典型発達の子どもと差がなく、親が聴者の非ネイティブサイナー児は7歳頃キャッチアップし、音声言語を得ようとしている子は、この3群のなかでは成績が悪いという結果が出ています。こののち学齢期のろう児を対象にした心の理論課題に関する研究では、自分以外みな聞こえる子どもたちに囲まれた環境で育つろう児は、ネイティブサイナーであっても二次誤信念課題などを含むスコアが、典型発達より低く、手話を使う子どもたちに囲まれているろう児より悪いという結果も出ています(Meristo et al. 2016)。ただし、手話を使うろう児に囲まれているネイティブサイナーはろう難聴児の中でも少数派で、一般化には注意が必要です。

 

聴覚障害児とASDの語用論的発達は言語発達との相互関係が問題

日本では、2019年より難聴児の早期支援に向けた保健・医療・福祉・教育の連携プロジェクトが開始され、聴覚障害児の特別支援教育にあたる文部科学省と、早期療育を担当する厚生労働省が連携して検討を進めてきました。主に近年の医療・補聴技術の進展を背景に、早期発見と早期療育開始、聴覚特別支援学校と言語聴覚士などとの連携について議論が進んでいます。補聴器や人工内耳で音声言語の獲得を促す方向の支援については議論が進展しましたが、重度難聴児の3〜4割に上る重複障害について、まだ議論が進んでいないようです。そのうち、語用論的発達が問題になるのは、ASDとの重複ですが、それがASDそのものなのか、言語発達からの語用論的発達の環境が乏しいからなのかの鑑別は現在まで難しいです。

ASDでも類似のことがあり、de Villiers & de Villiers (2014)は、心の理論に関する社会性の発達の遅れにより、言語発達が遅れるだけでなく、言語発達が遅れるから心の理論課題がうまく理解できないという双方向の影響があることを示唆しています。最近は感覚の弱さによって言語音の隣接ペアが聞き分けられていないことも示されつつあり(Matsui et al. 2022)、言語の音声知覚と社会性による意味・意図理解どちらの要因がボトルネックになっているかなどを分析して、個別の支援に生かせる可能性もあります。

語用論レベルでの言語運用は、相手の意図を推論する能力と、前提を多く共有していることと、その場で通じ合った感覚を共有できることに支えられています。聴覚障害があって、聴者のコミュニティで生活や仕事をしていると、前提知識の共有について、抜けや漏れが発生します。聴者との会話でのお互いの意図のズレを察知するには、より多くの知識と、それを俯瞰する力、そして相手の意図を推論する力が必要になります。

ASDでも同様に、知覚の面での困りごとがある場合、聴覚障害と似たことが起こっている可能性があります。また、ことばが出ない、遅れるなどによって、周囲とのやりとりの経験が少なくなることによっても、会話文化が身につかず、語用論的な発達に影響があるでしょう。元々、ASDの語用論の障害についてはa〈意図の推論〉に注目されがちでしたが、生得的な意図理解能力の低さだけでなく、それを取り巻く知覚的な状態や、やりとりの経験、文化の習得などにも注目して、コミュニケーションの苦手さを評価し、フォローする方略が構築されるとよいでしょう。

 

聴覚障害とASDの重複

最後に、聴覚障害でASD様の症状を呈している人々については、言語ができないのか、意図推論に問題があるのか、その両方なのか、評価が難しくなります(中野 2016 for review)。本人が手話でも話していると、手話ができない支援者は、「音声言語では問題があっても手話では問題がない」と問題を過小評価してしまうかも知れません。手話でのやりとりで問題があることは、手話が流暢に扱え、分析的にその発話を評価できる手話教師にしか扱えません。加えて、言語の習得開始時期もこの心の理論(他者の意図理解)に影響することがわかっているため、言語が遅れたために発達障害様の様相を示しているのか、発達障害があったから言語習得が遅れたのかの因果関係もあとから推定するのが難しいです。聴覚障害がある子どもが音声言語を話していても、語用論的な発達が定型発達と異なり、かつそれぞれの子で様子が異なるために、明確な基準を作ることも難しいです。

言語が9歳レベルで止まってしまうという「9歳の壁」で、言語の支えを元にした抽象的理解ができないという話もありますが、このなかに「言葉尻を捉えて、一貫性なく人を責めたりする」ということが指摘されています(脇中 2013)。これも一種の社会性の欠如とみなされていますが、言語での談話構築能力も、相手のことばを全体で理解できない(言葉尻を捉えてしまう)ことも、文法能力と語用論能力の発達に関係があります。語用論的な能力の発達を踏まえ、「個人の能力を最大にする」言語を選ぶときに、社会の主流派言語である音声日本語だけでなく、語用論能力の発達に必要な、相手の言っている形式的要素を見落とさない環境(手話を使うなど)でのやりとりの経験は重要な要素と認識される必要があります。

 

(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 高次脳機能障害研究室 流動研究員 

高嶋 由布子 takashima-yufuko@rehab.go.jp )

 

参考文献

Baron-Cohen, S., Leslie, A. M., & Frith, U. (1985). Does the autistic child have a “theory of mind”?. Cognition21(1), 37-46.

de Villiers, J. G., & de Villiers, P. A. (2014). The role of language in theory of mind development. Topics in Language Disorders, 34(4), 313–328.

Ferguson C.A. (1968) ‘Absence of Copula and the Notion of Simplicity: A Study of Norman Speech, Baby Talk, Foreigner Talk, and Pidgin’, Paper given at the Conference on Pidginization and Creolization of Language, Kingston, Jamaica. (retrieved from: https://files.eric.ed.gov/fulltext/ED030844.pdf)

Fujino, H., Fukushima, K., & Fujiyoshi, A. (2017). Theory of mind and language development in Japanese children with hearing loss. International Journal of Pediatric Otorhinolaryngology, 96, 77–83.

Happé, F. G. (1995). The role of age and verbal ability in the theory of mind task performance of subjects with autism. Child development, 66(3), 843-855.

Happé, F. G. (1997). Central coherence and theory of mind in autism: Reading homographs in context. British journal of developmental psychology, 15(1), 1-12.

Jolliffe, T., & Baron-Cohen, S. (1999). A test of central coherence theory: linguistic processing in high-functioning adults with autism or Asperger syndrome: is local coherence impaired?. Cognition71(2), 149-185.

Jolliffe, T., & Baron-Cohen, S. (2000). Linguistic processing in high-functioning adults with autism or Asperger’s syndrome. Is global coherence impaired?. Psychological medicine30(5), 1169-1187.

前田浩 (2021). 聴覚障害者の就労をめぐって[前編]—当事者の発信力を高める支援—. ろう教育科学, 62(3), 107-115.

Marschark, M., & Knoors, H. (2012). Educating Deaf Children: Language, Cognition, and Learning. Deafness & Education International, 14(3), 136–160.

Matsui, T., Uchida, M., Fujino, H., Tojo, Y., & Hakarino, K. (2022). Perception of native and non-native phonemic contrasts in children with autistic spectrum disorder: effects of speaker variability. Clinical Linguistics & Phonetics36(4-5), 417-435.

Meristo, M., Strid, K., & Hjelmquist, E. (2016). Early conversational environment enables spontaneous belief attribution in deaf children. Cognition, 157, 139–145.

中野聡子(2016)聴覚障害と自閉症スペクトラム障害. 手話学研究 25, 3-16

Norbury, C. F. (2005). The relationship between theory of mind and metaphor: Evidence from children with language impairment and autistic spectrum disorder. British journal of developmental psychology23(3), 383-399.

Schick, B., De Villiers, P., De Villiers, J., & Hoffmeister, R. (2007). Language and theory of mind: A study of deaf children. Child development78(2), 376-396.

脇中起余子. (2013). 「9歳の壁」を超えるために生活言語から学習言語への移行を考える. 北大路書房.

吉岡佳子. (2013). 日本手話におけるポライトネス. 手話学研究, 22, 3–36.

 

 

 

 

自閉スペクトラム症の人は文末にあまり「ね」を使わない (国立障害者リハビリテーションセンター研究所)

自閉スペクトラム症と対人コミュニケーションにおける終助詞「よ」「ね」の関係

 

 日常会話で主に使われる日本語の終助詞[1]は、言語の中でもかなり早い段階(1歳半〜2歳)で獲得され[2]、人と人とのコミュニケーションにおいてとても重要な役割を持っています[3]。

 例えば、「美味しい」と感想をシェアする、食べたことのない料理を前に不安そうな人に対して「美味しい」と教えてあげる、というように終助詞を使います。いずれの場合も「美味しい」と終助詞を使わずに言うと、ただの独り言なのか、共感を求めているのか、教えてくれているのか、聞き手が意図を掴めずに会話が円滑に進まないかもしれません。一方で、口に合わなそうにしている相手に「美味しい」と言ったり、満足そうに食べている相手に「美味しい」と言ったりすると、相手をモヤっとさせてしまうかもしれません。

 このように、日本語の終助詞は上手に使うことで話し手の意図を伝達し、コミュニケーションを円滑に進める助けになります。しかし、聞き手の知識や感情に配慮して適切に使わないと、意図が間違って伝わったり、相手を不快にさせてしまったりする可能性もあります。 

 自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder, ASD)の方は社会的コミュニケーションにおける言語使用が定型発達の方と異なる、ということが指摘されており[4]、比喩・皮肉理解や指示詞などを対象に調べた研究がたくさんあります[5]。日本語の終助詞については、「ASDの幼児は終助詞を使わない」という臨床観察や幼児数名が対象の報告[6] [7]が数例あるだけで、ほとんど調べられていませんでした。そこで私たちは、成人を対象にASDの方と定型発達の方で終助詞使用に違いが見られるのかを調べる実験を行いました[8]。

 私たちは言語学の理論[9, 10]を参考にして、「ね」/「よ」を使うのが自然になるように状況を変化させたテストを作成しました(表1)。そして、調査参加者の方(ASDの方11名、定型発達の方14名)に、自分だったらAさんのセリフをどのように発話するか、口頭で空欄を自由に埋めてもらいました。

 その結果(図1)、ASDの方は定型発達の方よりも終助詞、特に「ね」を使う頻度が少ないことが分かりました。また、定型発達の方は言語学の理論通りに終助詞を使い分けていたのに対し、ASDの方は「よ」が不自然な状況で過剰に「よ」を使っていました。これらの違いは統計的にも有意でした。

 ASDの方が社会的コミュニケーションにおける言語使用に非典型性を見せる、といわれる背後には、今回の実験で見られたような「定型発達の方が終助詞を使う場面で、ASDの方が終助詞を使わない」「定型発達の方が終助詞を使わない場面で、ASDの方が終助詞を過剰に使ってしまう」といった特徴が関係しているのかもしれません。

 私たちは、ASDの方の言語使用の特徴を明らかにすることで、ASDの方の言語教育[7] [11]などに役立つのではないかと考えています。また、定型発達の方とASDの方がお互いの言語使用の特徴を理解して会話場面でのすれ違いを減らす一助になれると考えています。

 

(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 高次脳機能障害研究室       研究生  直江大河 naoe-taiga@rehab.go.jp )

参照文献

  1. Maynard, S.K., Japanese communication : language and thought in context. 1997: University of Hawai‘i Press.
  2. 永野賢, The Development of the Speech of Infants, Especially on the Learning of Zyosi (Postpositions). ことばの研究 = Study of Language, 1959(1): p. 383-396.
  3. Cook, H.M., Sentential Particles in Japanese Conversation: A Study of Lexicality. 1988: University of Southern California.
  4. American Psychiatric Association., Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed). 2013, Arlington, VA, US: American Psychiatric Association.
  5. Tager-Flusberg, H., R. Paul, and C. Lord, Language and Communication in Autism, in Handbook of autism and pervasive developmental disorders: Diagnosis, development, neurobiology, and behavior, Vol. 1, 3rd ed. 2005, John Wiley & Sons Inc: Hoboken, NJ, US. p. 335-364.
  6. 綿巻徹, 自閉症児における共感獲得表現助詞「ね」の使用の欠如: 事例研究. 発達障害研究, 1997. 19(2): p. 48-59.
  7. 佐竹真次・小林重雄, 自閉症児における語用論的伝達機能の発達に関する研究. 特殊教育学研究, 1989. 26(4): p. 1-9.
  8. Naoe, T., T. Okimura, T. Iwabuchi, S. Kiyama, and M. Makuuchi. Pragmatic atypicality of individuals with Autism Spectrum Disorder: Preliminary data of sentence-final particles in Japanese. In Koizumi, M (ed.) Issues in Japanese Psycholinguistics from Comparative Perspectives. (Mouton-NINJAL Library of Linguistics Series). In Press: Berlin: De Gruyter Mouton.
  9. 神尾昭雄, 情報のなわ張り理論: 言語の機能的分析. 1990: 大修館書店.
  10. Maynard, S.K., Discourse modality: subjectivity, emotion and voice in the Japanese language. Pragmatics & beyond: new series. Vol. 24. 1993: John Benjamins Publishing Company.
  11. 松岡勝彦・澤村まみ・小林重雄, 自閉症児における終助詞付き報告言語行動の獲得と家庭場面での追跡調査. 行動療法研究, 1997. 23(2): p. 95-105.

   ※本ページに関連する内容の研究で発表賞を受賞しました。
  社会言語科学会研究大会発表賞(第46回大会)直江 大河 (東北大学) [共同発表者: 南部 智史, 鈴木あすみ, 小磯 花絵, 幕内 充]「日本語母語話者の日常会話における終助詞「よ」「ね」の使用と自閉傾向の関係」