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トピックス

聴覚障害と自閉スペクトラム症の関係ー語用論の視点からー 【中編】

2.非定型な話者の語用論とフォリナートーク

 

聴覚障害の言語習得と語用論

聴覚障害者も語用論に難しさがあると言われることがあります。ASD者での語用論の問題と何が違って何が共通しているのでしょうか。2010年頃の先天的重度聴覚障害児を対象とした全国的な大規模調査(感覚器障害戦略研究 平成19~24年)でも、心の理論課題の得点は、定型発達より低いことが示されました。一次誤信念課題は、定型発達児では4〜6歳で正答するのですが、聴覚障害児群では10歳で6割程度の正答率でした(Fujino et al. 2017)。

しかし、このことから、聴覚障害者にも社会性認知の障害があると短絡的に結びつけることはできません。まず、聴覚障害児群では、課題の実施言語が問題になります。聴覚障害児の言語発達は、定型発達のプロセスとは異なります(Marschark & Knoors 2012 for review)。手話を第一言語にし、日本語が第二言語の人もいます。「課題の指示が聞こえず正確にわからない」、「指示はわかっても第二言語だから頭の中で整理するのが難しい」など、ターゲットとしている「他者と自分の心の状態を切り離せるか」以前の部分でつまずいている可能性があります。

「語用論」は、前編(1)のような会話(A「明日、映画に行かない?」B「あー、明後日テストなの」)に対応できることだと説明しました。一次誤信念課題のような心の理論に関する実験で測られているのは、自分の心の状態を離れて、相手の発話の意図を読み取れるか、と関連する能力です。相手の意図を読み取るためには、以下の3つが必要でした。

 

 a.相手の発話の意図を推論することができる
 b. 相手の発話の意図を推論するための前提を共有している
 c. 発話者と聞き手の間では、前提が共有され、お互いの発話の意図を相手が推論する

 

a.は「心の理論」課題に関する能力ですが、b.の前提知識は文化依存的です。テストの前に勉強が必要という文化がそのコミュニティになければ、「明後日テストなの」を断りの文句として選ぶことはありません。

聴覚障害がある場合、他者の意図を読む能力の前に、b.の前提となる共有知識が不足しがちです。これは、周囲の同級生や大人の会話をそばで聞く経験(側聞)が乏しいことが原因と考えられます。定型発達者は「門前の小僧習わぬ経を読む」のように、周囲の人が自分に向かって教えたこと以外のことも学んでいきます。門前の小僧は、語の使い方や文法から、大人同士の、歯にものが挟まったような、わかりにくい会話などを見聞きして、語や文法だけでなく、会話のルールを身につけていきます。聴覚障害児のこうした無意識の学習の不足を補うために、言語聴覚士(ST)による言語訓練が行われ、家庭でもさまざまな文脈に埋め込まれた言語学習を行うためのノウハウが共有されます。しかし、そのようにしても、無意識の学習と、意識的にインプットするものでは、量も質も異なります。

また、補聴技術が進んでいても、聞こえは異なります。文法要素を示す機能語は、定型発達児では5,6歳ごろまでには殆どが身につくのに対し、聴覚障害児の文法習得は現在まで、小学校の期間を通して明示的に取り組むべき課題となっています。文構造を示す格助詞(が、を、に、で)や、ニュアンスを変える文末助詞(ね、よ、な)などは、省略されることもあり、音量も小さく発音されるので、聞き取りにくいのです。それで、普段とは逆の事態を表す文、例えば「ネズミがネコを噛んだ」、の意味を文法に沿って解釈せず、内容語(ネズミ、ネコ、噛んだ)から推察されるもっともよく起きそうな意味(ネズミをネコが噛んだ)で解釈してしまうといったことが起こります。

ASD者でも、定型発達者とは知覚が異なるために、細かいところが「聞こえていない」ことや、注目して処理できていないことがあり得ます。ASD児の支援者もまた、ASD児にわかりやすい意識的なインプットを行っています。こうした面で、聴覚障害児とASD児の言語発達の難しさは似た側面があると考えられます。

 

「フォリナートーク」―語用論的調整能力

非典型的な話者への支援者は、発声法だけでなく、何をどのように話すかも意図明示的で直接的にするなど、相手に合わせて伝わりやすくする工夫をしています。これは支援技術として身につけるものですが、もともと人間が持つ語用論的調整能力に支えられています。

第一言語話者が、第二言語学習者に対して話すときに、自然と簡単な話し方になるのは「フォリナートーク(foreigner talk)」としてよく知られています(Ferguson 1968)。例えば日本人が、日本語の発音が典型的でない、「外国人」に出会ったとき、大きな声でゆっくりはっきりしゃべりながら、大ぶりなジェスチャーをつけるような話し方をするでしょう。相手に自分のことばがうまく通じないとわかると、より直接的で簡単と思われる短い表現で、要件のみを伝えます。フォリナートークだけでなく、こうした言葉遣いは相手との相互作用によって選ばれます。相手が子どもなら簡単な言い方を選ぶし、目上の人なら敬語を使います。相手が言語の受信に困難がありそうなら簡単にするという調整も、我々は自然に行っています。このような調整された日本語を日本に住む外国人のために使おうという動きが「やさしい日本語」と呼ばれていたりします。

聴覚障害者やASD者に対しても、職場などでその人を知る周囲の人が、「この人は話が通じにくいな」「直接的に言わないと言ったことが通じないな」と認識していると、話しかけ方が調整されます。身近な人が調整していても、外部の人に不意打ちで遠回しな言い方をされると、意図を捉え間違ってコミュニケーション不全に陥ってしまうことになります。

 

3. 手話の語用論

ASD者や難聴者に対して、支援者が話し方を調整することは、どのような影響を及ぼすのでしょうか。聴覚障害者のコミュニティには手話言語が生まれ、そのコミュニティ内の語用論的な特徴は、周囲を取り巻く音声言語のそれと異なります。

先天的な聴覚障害者のうち、親も手話をつかう聞こえない人の場合、手話を母語として身につけます。親子ともろうの家庭だけでなく、聴覚特別支援学校(聾学校)でも、寄宿舎などで手話が継承されてきました。手話を第一言語にする人たちのことを「ろう者」と呼びます。彼らが第一言語とする手話言語は、日本語とは異なる構造を持つ独自の言語で、聾学校という聞こえない子どもを集める教育システムによって発生したものと考えられています(高嶋 2020)。ろう者には、この手話言語とそれに基づく「ろう文化」を共有するコミュニティがあります。このコミュニティ内で、ろう者はストレートにものを言うといわれています。この理由には、(1)コミュニティが狭いから、(2)非典型的な話者が多いから、(3)支援者がストレートに話してきたから、が考えられます。

ろう文化でストレートにものをいう例として、友達の赤ちゃんを見に行ったとき、ろう者は、「猿みたい」、「親のおまえにそっくりでかわいそう」など、聴者が聞いたら失礼であろうことも言うそうです。ろう者の米内山明宏の手話教材のDVDでこの話を見てショックを受けた後、私自身は、様々なろう者に確認し、とくに年配の人はこのようなことを言ったり言われたりしても、それが別段失礼でないという証言を得てきました。

この話をある語用論の研究会でしたら、「親戚のおじさんみたいだね」といわれました。つまりこれは(1)の理由「コミュニティが狭いから」かもしれません。定型発達者のコミュニティでは、友達や職場の同僚の距離感で、直接的な見た目についての評価を言われることはほとんどありません。一方で、親戚に「太ったか?」「髪切りすぎじゃない?」などと言われることはままあります。ろう者の赤ちゃんに対する直接的な評価は、親戚のそれに似ています。あなたの周りにもいませんか? 実際には言われた方はむっとすることもありますが、彼らは親しみを込めて、場を和ますためにそのようなことを言っているようです。

ろうコミュニティは聴覚特別支援学校(聾学校)をベースにします。特別支援学校では、クラス定員が8名で、県下に1〜2校しかなく、1学年10人足らずで幼稚部から高校部まで一緒のクラス、また寄宿舎で起きている時間ずっと共に生活することさえあり、人と人の距離が近いです。こうしたコミュニティでは、相手との距離感が親戚のおじさんくらいでも不思議ではありません。

昨今、若いろう者の中には「娘さん、あなたの眉毛と同じ形だね」のように見た目についての事実を指摘することはあっても、「かわいそう」とネガティブな価値判断を添えることはマナー違反と感じる人も増えていることが挙げられます。これは、通信が発達し、大学に進学する聴覚障害者が増えて、様々な地域から集まる広いコミュニティでの交流が増えたからかもしれません。

次に、(2)の非典型的な話者が多いから、直接的な言い方が好まれることついて考えてみましょう。典型的な環境にある聞こえる子どもは、大人同士の日本語の会話、教師や保育士などによるさまざまな大人の日本語、テレビで見る子ども向け番組、ニュースやドラマの日本語など、様々な言語使用に触れながら育ちます。ろう・難聴児はこれに対し、音声日本語に囲まれていても、それらを聞きとれることは少なく、自分に向けて意図的に発せられたものを元に音声言語の習得をします。また、手話話者でも、親もろう者(手話話者)であるネイティブの話者(ネイティブサイナー)は1割以下です。残りの9割以上は、音声言語の訓練を受け、手話に出会うのは特別支援学校に幼稚部や小学部で入ったとき、大学進学、青年期以降など、さまざまです。日本手話のネイティブサイナーの調査で、遠回しな言い方を含む丁寧な言い方は十分に複雑なバリエーション(ポライトネス)があることがわかっており(吉岡2013)、直接的な話し方でないと理解できないわけではありません。しかし、手話コミュニティは非典型的言語発達経路を経た話者が多いコミュニティであるために、直接的に言わないと話が通じにくい人も多いかもしれません。

最後に、支援者の影響を考えましょう。基本的に、ろう・難聴児への支援は日本語で行われており、手話への影響は、言語転移になります。

つまり、日本語の意味に沿って手話を使うので、手話に日本語に似た意味や文法の体系が見られるとしたらそれは支援者の日本語に沿った手話使用の影響でしょう。ただ、子どもたちの集団が独立して言語文化を構築したと考えられていますので、現在まで支援者の影響はあまり考慮されてきていません。支援者は子どもにわかるように直接的な話し方をする大人で、直接的な話し方をするろう文化に影響を与えたかもしれません。そうであっても、支援者は、学校から就労への移行期には子どもたちのコミュニケーション能力が高まる毎に、複雑なマナーについて教えていく必要があります。ただ、その複雑なコミュニケーションを習得する段階に至らずに成人を迎えた人が多いために前田(2021)は、聴覚障害者の就労支援において、日本語のビジネスマナーでのづまずきが多く見られるため、言葉遣いなどを具体的に教えていると報告しています。

このように、手話の語用論は、(1)コミュニティの大きさ、(2)相手が非典型的な話者、(3)支援者の話し方、それぞれに影響されている様子がうかがえます。そして、相手と共有している前提や文化が異なれば、文化間の摩擦が起こります。相手の文化や言語、相手の持つコミュニケーションスタイルに合わせていくことが必要な場面があります。

ろう者コミュニティは手話という言語によって文化的集団を形成し、その内部での文化的コードを形成しています。発達障害者の場合もASD者が好むコミュニケーションスタイルが有るという研究もあります((Ochs & Solomon, 2010)。当事者研究やニューロダイバーシティの人たちの話から考えると、成人の当事者会には独特なコミュニケーションスタイルがあるようで、こうしたコミュニティが特有のコミュニケーションスタイルを生み出していると考えられます。さらに個々人が支援者や周囲の人々との相互作用によって、通じやすい語用論的特徴を身につけてきているのかもしれません。

支援者はこれに柔軟に対応する必要がありますし、障害者との共生をめざすインクルーシブ社会では、この違いを理解して、相互に調整し合う姿勢が求められると考えています。

 …【後編】へ続く…

(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 高次脳機能障害研究室 流動研究員 高嶋 由布子 takashima-yufuko@rehab.go.jp )