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医療・保健

発達性協調運動症

発達性協調運動症とは
発達性協調運動症(Developmental Coordination Disorder: DCD)は運動に影響を与える神経疾患(脳性麻痺、筋ジストロフィー、変性疾患)がないのに協調された運動スキルの獲得や使用が困難で、学校生活、遊びなどの日常生活活動を阻害している状態です。物を落としたりぶつかったりする、鋏や食器の使用、書字、自転車乗り、スポーツがうまくできない、などの問題が生じます。発生率は5-8%とされています(APA, 2022)[1]。運動の練習不足ではなく、中枢神経系の機能障害によって起こると推定されています。DCDは他の神経発達症と併存が多く見られます。これまでの研究で、自閉スペクトラム症には、境界級レベル(軽度の協調運動の問題)の問題も含めると89% (Green et al, 2009)[2] に、注意欠如・多動症の55.2% (Watemberg et al. 2007)[3]に協調運動の問題が見られることが報告されています。DCD児は、日常生活において様々な困難を抱えます。協調運動の問題により、学校生活で困難が出やすく、体育などでうまくできなかったり、休み時間に運動を伴う遊びを避けたりして、劣等感や疎外感が高まることが多くあります。DCD児は自己効力感が低く友人関係も苦手になりやすかったり、学校でのQOLが低くなりがちであったりします。抑うつが見られやすいことも報告されています。そのため、DCDそのものだけでなく、併存する心理的な問題にも注目する必要があります。

アセスメントについて
DCDのアセスメントは観察、本人や保護者等との面談、質問紙、直接的検査などによって得られた情報に基づいて行います。DCD児の支援において、子どもや保護者との面談は重要です。特に子どもがどのようなことで悩み、どのような協調運動をできるようになりたいかを把握することは、支援を進める上でも大切です。子どもができるようになりたい運動を実際にやってもらい、どのプロセスにどのような問題があるかを支援者が把握することは介入を行う上では重要となります。
ここで、本邦で使えるDCDのアセスメントツールを紹介します。
顕在化しにくい発達の問題をスクリーニングするために作られたCLASP[4]Check List of obscure disAbilitieS in Preschoolers)に5項目の協調運動項目が含まれていますので、これを使うことによって幼児の協調運動の問題がある可能性を把握することができるでしょう。また、著者らが作成した3-12歳の子どもの協調運動の評価の質問紙も用いることができます。これは幼児版(27項目)、学齢児版(34項目)があり、一般児のデータに基づいてパーセンタイルスコアが算出されます。詳しくは、「DCD支援マニュアル」(令和4年度障害者総合福祉推進事業「協調運動の障害の早期の発見と適切な支援の普及のための調査」)[5]をご参照ください。
その他、DCDの診断のための検査ではありませんが、協調運動の問題をとらえることができる個別検査もあります[6](令和2年度 厚生労働科学研究(障害者施策総合研究)「国立機関・専門家の連携と地域研修の実態調査による発達障害児者支援の効果的な研修の開発」)。

支援について
DCD児への支援においては、その特性理解と介入、日常生活場面での工夫が必要です。まず、DCDについて、周囲の人が正しく理解する必要があります。DCDは保育園、学校などにおいて、気づかれにくい傾向があります。仮に不器用であることに気づかれていても、神経発達症という認識はされていないことが多いです。そのため、障害特性に合わない対応がなされていることがあります。例えば、DCD児が姿勢を維持できなかったり、文字のバランスが整わなかったりすると注意されることがあります。かかわる大人は、このような問題は子どもの努力不足ではなく、発達特性によって起こっていることを理解すべきですし、叱責ではなく支援をすることを心掛ける必要があります。またDCD児が他の生徒から卑下されるような場面を作らない配慮も求められます。

身体機能指向アプローチと活動指向・参加指向アプローチについて
DCD児への直接的な介入が行われることもあります。現在、DCD児に対して行われている介入は、大きく身体機能指向アプローチと活動指向・参加指向アプローチに分けられます。身体機能指向アプローチは、子どもが持つ機能障害を改善するように介入するものです。例として、感覚統合(Sensory Integration; SI)療法があります。SI療法では、スイングで、前庭感覚(揺れや回転、スピードの感覚)や固有受容感覚(筋肉の動きを感じる感覚)などを強調して与えながら、抗重力姿勢運動発達(仰向けでボール姿勢をとるなど重力に抗うような運動)を促したり、アスレチック遊具課題を行ってもらったりしながら、身体図式(無意識化にある体の地図)や運動企画力(運動のプログラミング)、バランスを伸ばしたりします。
一方、活動指向・参加指向アプローチでは、身体機能そのものの改善というより、生活行動の獲得や参加に焦点を当てています。活動指向・参加指向アプローチには、課題指向型介入、神経運動課題トレーニング、日常作業遂行に対する認知オリエンテーション(CO-OP)(困難な運動などについて子ども自身が解決法を発見することができるようガイドする作業療法の一手段)などがあります。課題指向型介入は、課題遂行に焦点を当てており、子どもにとって意義がある最適の課題を選択し、子どもがその課題を実施する中での問題解決を通して、スキルを高めるように促します。例えば、ボタンはめができるようにスモールステップでその生活動作のスキルアップを図ります。CO-OPは、子どもが選んだゴール(例えば、縄跳びができるようになりたい)に基づいて、子ども自身が作業遂行のための認知的戦略を発見し、使用できるようにしていきます。CO-OPにおいて、大人は動作を教えるのではなく作業遂行できるようにするために子どもをガイドすることが特徴です。

日常生活において関わる上でのポイント
日頃からのDCD特性を踏まえた工夫も必要です。DCD児は初めての運動が上手くできないことが多いため、体操やダンスなどを教える際には、予め授業の前にやり方を説明したり、練習しておいたりすると良いでしょう。つまり体育の予習をしておくことが必要と言えます。動作を行う前に子どもが動作を観察し、実行する運動イメージを持つことも重要とされています。DCD児が学校などで困らないようにサポートツールを紹介したり、道具を調整したりすることも必要です。例えば、鉛筆ホルダー、折れないシャープペン、滑り止めつき定規などを紹介することがあります。姿勢が崩れにくいように滑り止めマットを座面に敷く方法もあります。紙の凹凸が付いたザラザラ下敷きや紙やすりを下敷きに使うことなどで、運筆コントロールがしやすくなるDCD児もいるため、紹介することがあります。
以上、DCDについて説明しました。今後多くの人にDCDに関する理解が広まることが望まれます。

 

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 教授
長崎大学子どもの心の医療・教育センター  センター長
岩永 竜一郎 


【参考文献】
  1. American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR®). 2022
  2. .Dido Green, Tony Charman, Andrew Pickles, Susie Chandler, Tom Loucas.et al., Impairment in movement skills of children with autistic spectrum disorders.2009. Developmental Medicine & Child Neurology . 51: 311–316
    DOI: https://doi.org/10.1111/j.1469-8749.2008.03242.x
  3. Nathan Watemberg, Nilly Waiserberg,Luba Zuk, Tally Lerman-Sagie .2007.Developmental coordination disorder in children with attention-deficit-hyperactivity disorder and physical therapy intervention. Developmental Medicine & Child Neurology .47: 920–925 
    DOI: https://10.1111/j.1469-8749.2007.00920.x
  4. 厚生労働省.平成30年障害者総合福祉推進事業.“吃音、チック症、読み書き障害、不器用の特性に気づく「チェックリスト」活用マニュアル”.https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000521776.pdf,(参照2024-08-22)
  5. 厚生労働省.令和 4 年度障害者総合福祉推進事業「協調運動の障害の早期の発見と適切な支援の普及のための調査」.“DCD支援マニュアル”.
    https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001122260.pdf,(参照2024-08-22)
  6. 厚生労働省.令和2年度厚生労働科学研究(発達障害者施策総合研究)“公立機関・専門家の連携と地域研修の実態遺調査による発達障害児者支援の効果的研修の開発”.
    https://hattatsu.go.jp/supporter/training_video_distribution/r2_standard_traingprg/registration_standard_trainingprg/
    初回利用時は登録が必要です。登録後「Ⅰ.アセスメント・ツールと個別の支援計画 ⑦発達性協調運動症」をご覧ください。