医療・保健
限局性学習症
限局性学習症(specific learning disorder: 以下SLD)は学習困難を主症状とした神経発達症(発達障害)です。神経発達症の診療に携わる医療関係者や研究者は、主にDSM-5(米国精神医学会が2013年に刊行した精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)やDSM-5-TR(改訂版)[1]を使用しているため、本稿でもDSM-5-TRに基づいて概説します。 SLDは学習障害(learning disorder:LD)と同意語ですが、世間一般にはLDの名称のほうが広く知られています。
SLDとは単語を正確かつ流暢に読むこと、読解力、書字表出および綴字(ていじ/ 言語の発音を仮名文字で書き表すこと)、算数の計算、数学的推理(数学的問題を解くこと)などの基本的な学習的技能が年齢相応に期待される程度よりも極端に劣っている状態を言います。知的能力全般の遅れ、視覚・聴覚障害や身体障害、不登校など学習機会が極端に少ないなどの環境の問題が、読み・書き・計算の問題の直接的な原因となる場合を除きます。
SLDは1)読字不全(読み障害:発達性ディスレクシア(developmental dyslexia:以下ディスレクシア))、2)書字障害、3)算数障害があります。本稿ではディスレクシアと算数障害について簡単に説明します。
ディスレクシア
主に言語の音韻的要素の認識障害によって起こります。つまり、言語がどのような音節や音素から構成されているかを適切に理解することが困難です。このため、デコーディング(文字言語の音声化、または解読)の機能がうまくいかず、学童期早期から仮名を正確に読むことや流暢に読むことに支障をきたします。通常、読字が困難である場合は書字にも困難を伴うため、発達性読み書き障害とも言われます。これらの問題があると読解にも困難を生じ、また、読む機会が減少することで語彙や知識の増加が妨げられます。
平仮名、片仮名、漢字を用いる日本語話者のディスレクシアはアルファベット語圏のディスレクシアよりも有病率は低いと考えられますが、それでも少なくとも2-3%は存在すると考えられています[2]。
算数障害
算数障害は数処理、数概念、計算、数的推論の4つの領域における障害と考えられます[3].ここで言う数処理とは、数字と数詞と具体物の数の関係を理解することであり、数を数える、数詞から物の数を把握する、数字を読むなどが該当します。また、数概念とは序数性(数の順番)と基数性(数の量的関係)を理解することであり、計算とは基礎的な四則演算(加減乗除算)を指し、数的推論とは文章題を解くことが該当します。算数は学習内容が多岐にわたり、学年が上がるごとにより複雑になりますが、典型的な算数障害では上記に示した4領域のような基礎的学習でつまずくため、低学年から学習困難をきたします。
欧米諸国では算数障害の有病率は5-7%と考えられていますが、ディスレクシアに比べると我が国での算数障害に関する研究は少なく、有病率も含めて実態は明らかにされていません。
SLDの診断・評価
知的能力の評価は必須であり、ウェクスラー式知能検査(WISC-IVやWISC-Vなど)や田中ビネー知能検査Vなどが行われ、そのうえで、知的能力や年齢、与えられた教育機会などから推測される読み書き、算数能力として妥当かどうかが評価されます。そのためには特異的発達障害診断・治療のための実践ガイドラインで記された検査、STRAW-R(改訂版 標準読み書きスクリーニング検査)、日本版KABC-II、CARD(包括的領域別読み能力検査)などの標準化された学習評価ツールがしばしば使用されます[2]。さらに、必要に応じて他の認知機能検査、視機能検査,語音明瞭度検査などが追加されますが、学習に影響を及ぼす身体的原因や他の基礎疾患が考えられる場合には、血液検査、頭部MRI検査、脳波検査などが行われます。
一方、個々の特性を理解するため、自閉スペクトラム症や注意欠如多動症など他の神経発達症や睡眠障害などの併存症の有無を評価することも大切です。
SLDの指導・支援
読み書きや計算など、学習技能を向上させるための指導や支援が軸になります。検査結果や学習の評価から得られた個々の学習スキルや発達特性・認知特性を検討したうえで、本人に適した量と質の学習指導が行われる必要があります(デコーディングの指導については文献4をご参照下さい)。また、得られた情報については、学校を含めた関係諸機関で共有することが望まれます。
多くのSLDの児童は通常学級に在籍しているため、学校生活では当該学年の学習に対して合理的配慮が必要になります。具体的には、板書の書き写しの代わりに撮影を許可する、板書と同じ内容が書かれたプリントを配布する、漢字にルビを振る、当該学年相応の漢字書字を免除する、問題文を読みあげる、パソコンやタブレット端末などICT(Information and Communication Technology)を活用する、試験時間を延長するなどがあります。学習技能向上のための指導と合理的配慮はバランスよく行われなければなりませんが、これらの教育的配慮は本人の負担軽減になるとともに、学習意欲の維持にもつながります。
国立成育医療研究センターこころの診療科 診療部長
岡 牧郎
【参考文献】
1. 高橋三郎,大野 裕(監訳). DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院,2023.
2. 岡 牧郎, 限局性学習症. 小児科2022:63(11);1211-1218.
3. 熊谷恵子, 山本ゆう. 通常学級で役立つ算数障害の理解と指導法. 学研プラス,2018.
4. 小枝達也, 関あゆみ. T式ひらがな音読支援の理論と実践 ディスレクシアから読みの苦手な子まで. 中山書店, 2022.