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トピックス

発達障害者の感覚・知覚の特徴(3)感覚統合の特徴       

  (国立障害者リハビリテーションセンター研究所)

発達障害者の感覚・知覚の特徴について、様々な研究が行われています。様々な研究より、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder, ASD)の方では、感覚・知覚について以下の3つの特徴が知られています。

1)必要のない感覚刺激を無視するのが難しい(順応やフィルタリングの問題)
2)過去の経験による影響を受けにくい(予測・推定の障害)
3)感覚刺激同士の結びつけや空間の捉え方が特徴的(感覚統合の特徴)

このことから「入ってきた感覚情報が、そのまま意識に上りがちである」と言えるのではないかと考えています。

第3回目の今回は、「感覚統合の特徴」について紹介します。

 

1.感覚統合とは

見る(視覚)、聞く(聴覚)、触れる(触覚)・・・様々な感覚情報がやってきて、脳の中で「統合」され、それが何であるか「認知」することができます。例えば、縁側で白いネコを撫でている様子を想像してみてください。「ゆっくりとしっぽを動かす白いネコ」といった視覚情報は、目から視神経を通って脳の後ろの方(後頭葉)に入ってきて、色・形の情報と動きの情報にそれぞれ分かれて検出されます。一方、「喉をゴロゴロと鳴らす」様子は、耳から伝えられる聴覚情報として、脳の側面(側頭葉)に入ってきますし、「ふわふわとした毛並み」は、手からの触覚情報として、頭頂に近い領域(頭頂葉)に入ってきます。つまり、同時に同じ方向からやってきた視覚・聴覚・触覚の感覚情報は、脳の異なる領域で、別々に処理されて意識に上り(知覚)、統合されることで(「感覚統合」)、対象が「ネコ」であると「認知」されるのです。それぞれの領域で感覚情報が処理された後、「連合野」と呼ばれる場所で「感覚統合」が行われていると考えられています。その過程では、ネコが縁側のどこに座っていて、自分からみてどちらの側にいるか、といった位置関係(空間情報)も、紐付けられています。だから、ネコの方に向かって声をかけたり、手を伸ばして、そのネコを抱き上げたりすることができるのです。

 

2.感覚統合の幅とASD者での特徴

感覚統合が行われるときには、どの程度の時間幅までを同時と捉えるか、そしてどの程度の範囲の空間を対象と捉えるかといったことが重要になってきます。例えば、「喉をゴロゴロと鳴らす」音が喉の動きと大きくずれていたり、ネコがいる方向とは異なる方向からやってきていたりすれば違和感を感じます。しかし、音声と映像が多少ずれていても、一定程度(0.1秒程度)の範囲内であれば違和感を感じなくなることが知られていますし(ラグアダプテーション) (Fujisaki et al., 2004; Vroomen et al., 2004)、音源と対象が空間的に多少ずれていても、同期さえ取れていれば違和感を感じにくいこともあります(腹話術効果)(Spence and Squire, 2003)。このように感覚統合には一定の自由度があるのが特徴です。

これに対して、ASD者では、感覚統合の起こり方が、定型発達者のそれとは、少し異なっていることが知られています。例えば、定型発達者の多くは、フラッシュが1回光ったときに、ほぼ同時にクリック音が2回聞こえると、「フラッシュも2回だった」と錯覚します(ダブルフラッシュ錯覚。錯覚を生じさせるのに理想的な条件で刺激したときには、定型発達者に比べるとASD者では錯覚が生じにくいことが報告されています(Stevenson et al., 2014)。この錯覚を生じさせるには、音と光のずれは、0.1秒程度に収まっていないと、この錯覚が生じにくいことがわかっているのですが、実は、ASD者では、0.2〜0.3秒のずれがあってもこの錯覚を感じることが知られています(Foss-Feig et al., 2010)。つまり、ASD者では、同時に提示された視覚と聴覚の相互作用が生じにくいことを示す一方、定型発達者では錯覚が生じにくくなるような時間的にずれの生じていても、ある程度の相互作用が生じてしまうことを示しています。異種感覚の時間的な統合がゆるく広がっているようにみえる特徴は、広く観察されており、日常的にいわれる読唇の難しさなどと関連しているものと考えられます。

 

3.感覚情報の空間との紐付けと身体の捉え方の特徴

縁側のネコを例に、感覚統合の過程で、感覚情報と空間の紐付けが行われることを紹介しました。自分の身体も空間の中で紐付けられています。

これまでの研究から、触覚は、空間に紐付けられた後に意識に上ると考えられています。例えば、左右の手に軽い振動のような触覚刺激を連続して与えて、「どちらが先に刺激されたのか」を判断してもらう実験課題(時間順序判断)では、腕を交差すると、目を閉じていても逆の順序を答えてしまう傾向が生じることが知られています(Yamamoto and Kitazawa, 2001)。このことは、触覚刺激が「右手→左手の順で来た!」と感じているというより、「右(空間)→左(空間)の順で来た!」と感じていることを示しています。つまり、触覚は、空間に紐付けられた上で意識に上っているのです。以前、私達が行った研究から、ASD児では、腕を交差しても、触覚刺激の順序を間違えにくいことがわかりました(Wada et al., 2014)。すなわち、ASD児では、「右手は右手、左手は左手」という皮膚上の手がかりを用いた判断を行っていると考えられるのです。なお、視覚障害者の中で先天盲の方は、同様のタスクで、腕交差の影響を受けにくいことが知られています(Roder et al., 2004)。すなわち、発達過程で、触覚情報と視空間の結びつきが生じると考えられるのですが、視覚情報にふれることのない先天盲の方も、皮膚上の手がかりを用いた判断を行っていると考えられるのです。

さて、ASD成人では、定型発達者の成人と変わらない結果となるという海外の研究もあり(Hense et al., 2019)、この違いは、発達過程で見られるものなのか、あるいは個人差を反映しているものなのかについて今後の検討が必要だと考えています。

感覚統合の結果生じる身体に関する錯覚でも、ASD者での違いが報告されています。「ラバーハンド錯覚」と呼ばれる実験課題では、実験参加者の手とゴムの手(ラバーハンド)を並べて、筆で同期してなでることを繰り返します。このとき、実験参加者の手は、衝立で隠された状態になっていて、参加者には、筆で撫でられているゴムの手を見ていてもらいます。参加者の手とゴムの手が同期してなで続けられていると、やがてゴムの手の上で触覚が生じているように感じられ、ゴムの手が自分の手のように感じられるようになる・・・これがラバーハンド錯覚です(Botvinick and Cohen, 1998)。この錯覚を生じさせるには、参加者の手に与えられた触覚刺激とゴムの手を撫でる様子(視覚刺激)が同期していることが重要です。本来なら、触覚刺激は「手の位置はここ!」(固有感覚)と紐付けられて知覚されているのですが、   触覚刺激と視覚刺激が同期して来ることによって、視覚刺激の位置に触覚が移動して知覚されるという「感覚統合(による錯覚)」が生じるのです(図1左)。自閉傾向が高い人ではこの錯覚を感じにくいことや(Ide and Wada, 2017)、ASD者ではこの錯覚を感じるようになるまで時間がかかったり、応答が非定型的であったりすることが報告されています(Cascio et al., 2012; Paton et al., 2012)。ASD者では、普段から存在する触覚と手の位置の情報(固有感覚)の結びつきが分かちがたく、視覚と触覚の感覚統合よりも優先されることで、触覚を身体の外で感じるような錯覚が生じにくいことが示唆されているのです(図1右)。

紹介した2つの実験からは、ASD者が自分の体の位置の情報(固有感覚)を重視する感覚処理が行われていることが示されています。一方、ラバーハンド錯覚は、箸などの道具が自分の手の一部に感じられるような感覚(道具の身体化)と関連していると考えられています。ASD者の一部では、箸を使うのが苦手であったり、字がきれいに書けない、といった道具に関する困りごとがあることが知られています。例えば、当事者の方から「耳に指を入れるのは平気だが、耳かき棒を使うのは、先端がどこにあるのかわからないので、とても怖い」というお話を伺ったこともあります。身体動作の認知と実行の障害はASDに特有のものではないかと示唆されているように(MacNeil and Mostofsky, 2012)、「道具使用の苦手感」と道具の身体化の不全が関連しているのではないかと推測しています。

 

定型発達者(自閉傾向・低)では、視覚刺激(動く筆)と触覚刺激(筆による刺激)が同期して繰り返し与えられることにより、感覚統合が生じ、触覚刺激が身体外に出て、視覚刺激の位置で生じたように感じられるようになります。その結果、ラバーハンドが自身の手になったかのような錯覚が生じるわけです。一方、自閉傾向の高い人では、触覚と固有覚(手の位置の感覚)の結びつきが強く、触覚が身体の外に移動しづらい可能性が考えられています。

 

Botvinick, M., and Cohen, J. (1998). Rubber hands ‘feel’ touch that eyes see. Nature 391(6669), 756. doi: 10.1038/35784.

Cascio, C.J., Foss-Feig, J.H., Burnette, C.P., Heacock, J.L., and Cosby, A.A. (2012). The rubber hand illusion in children with autism spectrum disorders: delayed influence of combined tactile and visual input on proprioception. Autism 16(4), 406-419. doi: 10.1177/1362361311430404.

Foss-Feig, J.H., Kwakye, L.D., Cascio, C.J., Burnette, C.P., Kadivar, H., Stone, W.L., et al. (2010). An extended multisensory temporal binding window in autism spectrum disorders. Exp Brain Res 203(2), 381-389. doi: 10.1007/s00221-010-2240-4.

Fujisaki, W., Shimojo, S., Kashino, M., and Nishida, S. (2004). Recalibration of audiovisual simultaneity. Nat Neurosci 7(7), 773-778. doi: 10.1038/nn1268.

Hense, M., Badde, S., Kohne, S., Dziobek, I., and Roder, B. (2019). Visual and Proprioceptive Influences on Tactile Spatial Processing in Adults with Autism Spectrum Disorders. Autism Res 12(12), 1745-1757. doi: 10.1002/aur.2202.

Ide, M., and Wada, M. (2017). Salivary Oxytocin Concentration Associates with the Subjective Feeling of Body Ownership during the Rubber Hand Illusion. Front Hum Neurosci 11, 166. doi: 10.3389/fnhum.2017.00166.

MacNeil, L.K., and Mostofsky, S.H. (2012). Specificity of dyspraxia in children with autism. Neuropsychology 26(2), 165-171. doi: 10.1037/a0026955.

Paton, B., Hohwy, J., and Enticott, P.G. (2012). The rubber hand illusion reveals proprioceptive and sensorimotor differences in autism spectrum disorders. J Autism Dev Disord 42(9), 1870-1883. doi: 10.1007/s10803-011-1430-7.

Roder, B., Rosler, F., and Spence, C. (2004). Early vision impairs tactile perception in the blind. Curr Biol 14(2), 121-124.

Spence, C., and Squire, S. (2003). Multisensory integration: maintaining the perception of synchrony. Curr Biol 13(13), R519-521. doi: 10.1016/s0960-9822(03)00445-7.

Stevenson, R.A., Siemann, J.K., Woynaroski, T.G., Schneider, B.C., Eberly, H.E., Camarata, S.M., et al. (2014). Evidence for diminished multisensory integration in autism spectrum disorders. J Autism Dev Disord 44(12), 3161-3167. doi: 10.1007/s10803-014-2179-6.

Vroomen, J., Keetels, M., de Gelder, B., and Bertelson, P. (2004). Recalibration of temporal order perception by exposure to audio-visual asynchrony. Brain Res Cogn Brain Res 22(1), 32-35. doi: 10.1016/j.cogbrainres.2004.07.003.

Wada, M., Suzuki, M., Takaki, A., Miyao, M., Spence, C., and Kansaku, K. (2014). Spatio-temporal processing of tactile stimuli in autistic children. Sci Rep 4, 5985. doi: 10.1038/srep05985.

Yamamoto, S., and Kitazawa, S. (2001). Reversal of subjective temporal order due to arm crossing. Nat Neurosci 4(7), 759-765. doi: 10.1038/89559 89559 [pii].

 

 

国立障害者リハビリテーションセンター研究所

脳機能系障害研究部 発達障害研究室長 和田真(wada-makoto@rehab.go.jp)